春風亭一之輔の「抜け雀」後半2023/11/01 07:04

 亭主が朝早く起きて、雨戸を開けると、朝日に雀が飛び出した。 衝立を見ると、ウワッ、いない。 すると、外で遊んでいた二羽の雀が、舞い戻ってきて、衝立の中に、ピターーッ、ピターーッと納まった。 お光っちゃん、起きて。 やだよ、朝っぱらから、好きなんだから。 かみさんに話をしても、近所の人に話しても、信用してくれない。 明くる日、近所の人を呼んで来て、見てもらう。 これは本当だとなって、雀のお宿と評判になり、どんどん客が詰めかけて来る。

 二階に五十八人、下には四十三人、廊下に三十人、物置に十七人、はばかりにも六人、天井裏に八人。 表には行列が出来て、最後尾は日本橋まで並んだ。 あなたは、どこから? 俺は品川から来た。 評判を聞いて、大久保加賀守様が、千両で買い取り遣わすと言ってきたが、約束で売れない。 あの男が来るのを待って、通行の人に目を凝らす。 やっぱり違うわね、あの人と。

 三月ばかり経って、六十がらみのご老体、三人の供を連れ、主(あるじ)はいないか、雀を一目見にやって来た。 泊って、あくる朝、雀が飛び出し、戻ってくるのを見る。 お客様、夫婦(めおと)の雀で、チュン太郎とチュン子、これを描いた人は名人でしょう。 儂(わし)は、名人とは思わぬな、抜かりがあるのう。 どんなところで? 止まり木がない、休む所がない。 夫婦が休む所がないと、いずれ疲れたら、落ちて死ぬな。 亭主が先に死ぬ、だいぶくたびれておるから。 儂が止まり木を描いてやろう。 端の方に小さく描いて下さい、後で切り取れるように。 硯を持って来い。 水が入っているな。 墨を出すから磨れ。 いい匂いですね。 鼻だけは人間らしいな、目が今一だが。 合図をしたら、雨戸を開けろ。 駄目だ、こんなに大きく描いちゃって…、後で切り取れない。 お前の眉(まみえ)の下に光っているのは、何だ? 目でしょ、銀紙は買ってある。

 松の枝だ、巣を作ってみた。 竹では面白くない。 二羽で寄り添う。 これで死なんな。 雀を描いたのは、二十七、八の小太りで色白の、癖のある男だろう。 まだまだ、抜かりがあると伝えてくれ、これを見るとわかる。

 二、三日経つと、何これ! 卵が生まれているぞ。 いつ、孵るかな。 また、大評判になり、大久保加賀守様が二千両にて買い取ると言ってきた。 疲れる。

 ある日、許せ、主、ご免! お光っちゃん、一文もお持ちでなかった方が、いらっしゃった。 二両だったか。 あの絵に、千両の値が付きました。 お前にやろう。 それが二千両になったんです。 六十がらみの立派なお侍さんがみえて、この絵には抜かりがある、止まり木、休む所がない。 なぜ雀に所帯をもたせてやらんと、松の木と、巣を描いてくれました。 それで二日前に、卵を産んだ。 見せろ。 これです。

 絵の前にぴたりと座ると、親不孝の段、平にお許し下さい。 まだまだ修業が足りず、お恥ずかしき限りでございます。 主、私の父上だ。 名人のお父っつあんは、名人なんだ。 三年前に一件あって、無頼を気取って、絵の修業の旅に出た。 お父上、喜んでいると思いますよ。 待ってますよ、お前を家で「松」って。 卵がビリビリ! あなたがもたもたしてるから、雀の子供が孵りましたよ。

柳家花緑の「試し酒」前半2023/11/02 07:03

 代々落語の家系で、と、花緑は派手な肌色の羽織、白と灰色の太い横縞の着物で始めた。 落語研究会、袖で、小さん、志ん朝、小三治を見てきた。 九つから落語をやって四十、弟子は二十人面倒見ている。 私の誕生会、盛岡のわんこ蕎麦が浅草にあって、一門、妻、太神楽を入れ十三人で行った。 ふだんも三人前食べる台所おさん(五代目小さんが好きな名)が一番で198杯、二番が一番下の弟子で緑助の133杯。 200杯で名前が貼り出されるのに、198杯は残念。 私は107杯。 おかずは食べない、「味変」するトッピングで食べるんだが、皆が限界を超えて、肩で息している。 誕生会だから、あとで生クリームのケーキが出たが、誰も食べられなかった。 カラオケ二時間、コンビニの紙皿で少しずつ食べた。 ギャル曽根などの大食い、食べる芸は残るだろう。 江戸時代、大酒飲みの会があったが、酒をいっぱい飲むのも大変。 私は、酒を飲めない方だけれど、しぐさなら、いくらでも飲める。

 お前さんが来るの、楽しみにしてたんだから、今日はウチに根を張って、一杯やっとくれ。 私は毎晩やってるが、相手がいないと駄目でね。 表に、お連れさんがいるのか。 ウチの下男で、大酒を飲む、下女の話だと一度に五升飲んだそうだ。 会いたいな、呼んでくれ。

 近江屋さんのお供さんか。 何です、よばったんだが、何か用かね。 名前は? 久造。 酒が好きだそうだが、五升飲めるか? わからない。 うまく飲めたら、小遣いをやる。 飲めなかったら、どうする? 歌か、踊りを。 駄目だ。 (近江屋が)じゃあ、二三日内に御招待することにしよう。 どれくらい掛かる? そんなことは心配するな。 旦那様が散財するだか…、表に出て、考えてきていいか。 いいよ。

 主人思いだな。 一時に五升飲めるわけがない。 酒の仕度を、大きな薬缶、大きな盃もある。 私が負ければ、二三日内に箱根に御招待する。 「浮かむ瀬」という盃、武道から来ているのか、「とびこみ行けば浮かむ瀬もあり」、捨て身になって飲めば飲めないことはないってのか。 面白いのは「可盃(べくはい)」、底に穴が開いていて、全部飲まないと下におけない。 銘「武蔵野」は、野が広くて見つくせない、飲み尽くせないという洒落だ。

 お待ち遠様。 考えた、どうぞ、やらしてもらう。 えけえ盃だな。 一升入りだ。 これで五杯も飲むのか? そうだ。 揚げ底になっとる。 あらあら、中の絵が浮き上がって見える。 旦那様、頂戴いたします。 (広げた扇子を盃にして、ゆっくり、ゆっくり持ち上げて、飲む)フッ、フーーッ、一杯飲んだ。 味も何も、わかんなかった。 今度は、味わって飲むべえ。 旨めえ酒だな、こんな酒、飲んだことがない。 御殿みたいな家に住んで、まともじゃあいられない。 旦那様、こないだウチで飲んだ酒は旨くなかった、今度はこの酒にすべえ。 こんな結構な酒、誰がこしらえたか、ご存知ですか。 唐土(もろこし)の儀狄(ぎてき)という人が、最初につくったそうです。 駄目だ、この酒は、酒の方からどんどん飛び込んでくるから、味わうこともできねえ。 アーッ、驚いたねえ、どんどん飲んで、本当に好きなんだねえ、お前から唐土の講釈を聞こうとは思わなかったよ。

柳家花緑の「試し酒」後半2023/11/03 07:04

 さあ、酌して下せえ。 世の中で、酒が一番好きか? おらぁ、金かな。 金を貯めて、故郷(くに)に帰って、田地田畑でも買おうってのか。 いや、そんなしみったれた料簡はねえ、稼いだ分を、そっくり飲む。 おらの故郷は、昔から酒飲みの出た所で。 どこだ? 丹波、大江山の酒呑童子てのが住んでいた、あれはおらの親戚だ。 嘘をつけ。 親戚は嘘だ。 (ごくり、ごくり、呑み込むごとに、体をゆすりながら飲む)いい心持になってきた。

 紙切りも動物モノマネもできねえけれど、都々逸の文句ぐれえは知ってる。 「お酒飲む人花ならつぼみ、今日も酒酒明日も酒」。 「明けの鐘ごんとなる頃三日月形の、櫛が落ちてる四帖半」、何のこったかわからねえ。 中にはまずい文句もある、「水に油を落とせば開く、音して(落として)つぼまる尻の穴」なんてね、「酒は米の水、水戸様は丸に水」「意見する奴あ、向う見ず」だぁ、ハッハッハ。 アッ、フッ、フーーッ、何杯飲んだ? 三杯だ。 あと二杯か。 心細くなってきたな。

 昔、柳橋の万八なんて料理屋で酒仙会があって、酒豪が集まった。 四升目ぐいぐいといく。 おう、ほらほら、四升開けましたよ。 こんなところで、へこんではいられねえ、酌して下せえ。 旦那様、大丈夫だよ。 締めえの一杯、早く片付ける。 飲むものは飲む、もらうものはもらう。 大丈夫だよ。 コクッ、コクッ、フッ、フーーッ、ゴクッ、ゴクッ! アァーッ、どうだ、飲んだろう。

 近江屋さん、私の負けだ。 久造さん、約束の小遣いだ。 お前さんに、聞きたいことがある。 さっき、考えてくるって表に出たな、あれは何か飲んでも酔わない秘訣とか、まじないとか、あるんだろう。 アハハ、あれは何でもねえ、おらぁ五升と決まった酒を飲んだことがない、それで、表の酒屋で試しに五升飲んできた。

五街道雲助の「やんま久次」前半2023/11/04 07:04

 雲助は黒紋付、今晩の掃除役、この会と会場の大掃除役でございます、と始めた。 江戸直参の旗本、御目見得といって将軍にお目通りできるのは嫡男だけ、二男三男は無役、運のいいのが他家の養子になるぐらいで、冷や飯食いの飼い殺しだ。 稽古をして芝居のお囃子方になったり、用心棒になったりする。 番町御厩谷に屋敷のある直参三百石の旗本青木家の次男坊、御舎弟と呼ばれる久次郎(きゅうじろう)、家を飛び出して、本所方のよからぬ博打場に出入りし、博打にうつつを抜かし、ならず者の仲間入りをした。 背中にトンボ、大やんまの彫り物があるので、「やんま久次」と呼ばれている。

 博打ですっかり取られて、「やかんのタコ(手も足も出ない)」、フンドシ一本。 また兄貴の所へゆすりに行けよ。 門前の花屋の婆アが衣装持ちなので、着物を借り、ほっかぶりして、番町の屋敷へ。 門番にとがめられ、手拭を取って、俺を知っているか。 殿様の舎弟で久次郎だ。 先月、門番になったばかりで。 酒は好きか、鼻の頭が赤い。 唐辛子味噌でも飲む。 門を通って、玄関へ。 頼み申す! 上がり框(がまち)で、尻をはしょって、背中を見せる。 久次郎様が、お見えになったんだ!

用人の伴内、兄上に計らってくれ。 たびたびのご無心、申し上げ憎い儀ですが、もう無理で。 江戸にはいられねえ体になった。 体に臭みがついた、凶状がついたんだ。 いつもより多分に小遣いをと、兄上に申し上げてくれ。 屋敷の広いばかりがいいんじゃない。 酒、持って来い、冷やでいい。 まごまごすると、屋敷に火をつけるぞ、赤猫を走らせるぞと、わめき声を上げている。

 たまたま兄弟二人の剣術の師匠、浜町の大竹大介が、用事のついでに立ち寄って奥にいた、煙草盆に、茶の仕度、ご母堂様はご達者でなりよりと。 すると、表方で罵(ののし)る声。 何です? 舎弟の久次郎で。 本所方のよからぬ者に博打で取られて無心に来る。 兄弟二人だ、不憫に思う。 三度に一度は、手打ちにしてしまおうかと思うが、母が可愛がっておる。 ごもっともで。 上つ方に聞こえると、青木のご身代が揺らぐことにもなる。 恩愛の絆を断ち切って、何とかしなければ。

五街道雲助の「やんま久次」後半2023/11/05 07:00

 ここに呼び込んで、腹を切らせましょう。 拙者に、いささか考えがある。 伴内殿、この場で腹を切らせる仕度を。 畳二枚を裏返し、白い布を敷き、四隅に青竹を立てる。

 大竹大介が久次郎を後ろ手に取って引き立てる。 兄上、お達者でなにより。 こちらへ参れ。 兄の久之進が唐紙を引くと、切腹の場所。 何事でございます、浜町の先生。 貴様は博打三昧、よんどころ無い無法者だ。 生かしておけば、青木の家名にも障る。 大竹、介錯つかまつる。 刃物は、儂の差し添えを貸してつかわす。 腹の切りようを忘れております。 不憫なり、家名を汚さぬよう、大竹大介、貴様の素っ首を斬り落としてくれる、頭(こうべ)を伸べろ。 御免なすって、死ぬのはいやだ、命ばかりは御助けを。

 大竹さん。 これは、御母堂。 この虚(うつ)け者、お手打ち、ごもっともなれど、改心しているようでございますので、私にお預けを。 御母堂様のご意向ならば、話をしてと、大竹大介、奥へ入る。

 住まいは本所か、途中まで同道するぞ、久次郎。 ご門番様、お役目ご苦労様で。 九段の坂を下りると、田安の櫓に灯が入っていた。 最前は驚いたか、その方に渡すものがある。 ご母堂様から預かった、観世音菩薩の巾着袋に納められた小粒が三両ばかり。 これで身なりを整えて、侍奉公がかなったら、お屋敷へ行き、ご母堂様の御恩に孝、兄上の殿様には忠、骨の髄まで身に沁みて、生きるように。 先生、今度お会いする時は、四角の帯に裃(かみしも)でお礼に参ります。 ありがとうございました。

 懐に手を入れ、金をつかんで、カラスやネズミじゃあるめえし、コウ(孝)のチュウ(忠)だのと、御大層な御託を並べやがって。 よく聞けよ、道楽で、ぼうふらの生餌で金魚を飼い、鈴虫を来年は殖やして差し上げましょう、米のとぎ汁を朝顔にやって毎朝咲く花を楽しむような生活をしていては、俺のように賭場で取られ取られて地獄の縁に片足を入れたような思いをしたことはあるめえ。 ただ剣術を習ったわけではない。 ふるいつきたくなるような女を手籠めにする味も、生涯知るめえ。 人間五十年、俺のやりてえことをやる。 大べらぼうめ!(チョン、と柝が入る)