喜多八の「鼠穴」2012/03/02 05:00

 「待ってました」と、声がかかった。 だが、トリの喜多八、いつものやる 気のないような出は変わらない。 権威のある会のお仕舞いに、しまらない陰 気な噺だけれど、根暗な方だから、地でやればいい、という。  「鼠穴」のあらすじは、2006年11月30日、第461回のこの会で入船亭扇 遊が、やはりトリで演じたのを12月6日の日記に書いている。 そして「圧 倒的に重苦しい噺だから、聴いた後に爽快な感じがしない。噺のつくりに原因 があるのであって、扇遊の力量によるものではないのだろう」と。 喜多八の 「鼠穴」は不思議なことに、そんなに重苦しいという感じがしなかった。

 扇遊のあらすじでは書かなかった、竹次郎家のたどる悲惨な運命を、喜多八 で加えておく。 深川蛤町が火事になり、目塗りをした番頭が鼠穴だけは忘れ て、三つの蔵も丸焼けになった。 商いもばったり、奉公人も一人二人とみん な辞め、裏店に引っ込んだら、かみさんが床につき、枕が上がらない。 春も 近いから仕込みをしようと、兄貴の所へ行く。 娘のヨシが一緒に行きたいと いうので連れて行く。 表から入りづらく、兄貴の家の裏に回る。 このたび はとんだことで、少々お待ちを、と番頭。 竹の野郎が来たか、通ーせ、やぁ 竹、われの所、焼けたってなあ。 身体が無事だっただけでも、めっけもんだ。  ヨシ、八つか、利発そうな子やな。 おら、出かけなきゃあならねえ、急ぐ話 か。 春も近いから、商いの仕込みをしなきゃあならない、元を拝借したい。  いくらだ、三文も持ってくか。 百両といいたいが、五十両。 気は確かか、 返すあてもなかんべえ、帰れ。 (なお、言い募るのを、打つ。) 父っつぁま にも、手を上げられたことはねえ、ヨシ、見ておけ、これはお前のたった一人 のおじさんだ。

 帰り道で、ヨシが、お父っつあん、いくらあったら商売が出来るの、と。 二 十両かたはないと、どうにもならない。 あたいをお女郎に売って、お金をこ しらえて。 大きくならない内に、迎えに来てくれれば、本当のお女郎になら なくてすむから。

 辛抱しておくれよ。 二十両の金を懐に、見返り柳から、ヨシのいる廓を振 り返る。 ドーーン、気をつけろ。 痛い、と、ぶつけられた胸のあたりをさ ぐると、盗られた、ハハハハハヘヘヘ。 帯をほどいて、適当な松の枝にかけ ると、首を吊る。 ウーーーン。

 五月蠅いな、寝られないよ、こうだな、うなされる奴もいねえな。 竹、起 きろよ。 ここは、いってえ、どこだ。 昨夜、おらんとこへ泊まって…。 火 事は? そんなことはねえ、夢でも見たんだろう。 ありがてえ、夢だ、おら、 あんまり鼠穴を気にしたで。 ははは、夢は五臓(土蔵)の疲れというからな。

 自ら根暗な方という喜多八、「鼠穴」をやりきれない噺ではなく演じたのは、 もう一つのキャラクターである「おとぼけ」が緩和したのかもしれない。

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