さん喬の「宿屋の仇討」2013/06/06 06:31

 春が短こうございまして、梅雨がやって来ました、お身体大切に、それでは これで失礼、と帰れりゃあ楽なんですけれど。  「お泊りさんではございませんか」と、武蔵屋の客引き伊八が、江州彦根藩 藩士「万事世話九郎」を呼び止める。 若い者というがハゲておるな、ニワト リの尻から生き血を吸うというのは、そのほうか。 それはイタチ。 「昨夜 は相州小田原大久保加賀守様の御城下、ムジナ屋という宿に泊まりし所、巡礼 が泣くやら、駆け落ち者がいちゃいちゃするやら、夜っぴて寝かしおらん、間 狭な部屋でもよいから静かな部屋を頼む」。 お武家様だ、奥の八番へ。

江戸っ子の、「シジュウサン人連れ」。 大勢さんで、この宿場には武蔵屋、 新武蔵、新分け武蔵、分け分け武蔵とあります。 お宮の下には、宮本武蔵か。  ご冗談を。 四十三人、すぐ米を炊く用意を。 後の方々は? 俺達しじゅう 一緒にいる、たった三人だ。 もう炊いちゃった? ふだんは仕事が遅いのに、 こういう時は早い。 江戸の方だ、奥の七番へ。

 湯から上ったら、すぐ酒だ、芸者を三人呼んでくれ。 ♪沖の暗いのに,白 帆が見える、カッポレ、カッポレ、ヨーイトナァー。 パンパンと手を叩き、 「伊八、伊八!」。 最前何と申した「昨夜は相州小田原…」。 お静かに願い ます、隣はお武家様で。 しようがねえな、寝よ、寝よ。 巴寝に布団を敷い てくれ、話ができる、明日は江戸だ。 大坂で見た相撲取、捨衣(すてごろも) は強かった、坊主から相撲取になって、小兵ながらカチ上げて前褌(ミツ)を 取り、引き付ける。 痛いよ、痛いよ。 こっちはカンヌキで、締めつける。  残った、残った。 ドタン、バタン。 メリメリッ、勝負あった。 唐紙から、 足を突き出した。 「伊八、伊八!」

 何か、話をしよう。 色っぽい話。 どれを見ても山家(やまが)育ち、命 がけの色恋などあるまい。 二人殺して、二百両盗って、三年経った。 川越 の伯父貴の所に居候して、小間物屋をやっていた頃だ。 石坂段右衛門という 二百石取りの侍の奥方がいい女だった。 主人は江戸詰めで、女中は里に帰し た、寄ってくれという。 ササを食べるかと言う、二人で三升たしなんだ。 そ ういうことが二度三度、二人はわりない仲になったと思いねえ。 弟の小次郎 という剣の遣い手が上ってきたので、逃げた。 小次郎が敷石で滑り、灯籠に 刀が当たって、落とした。 それを拾って、殺しちゃった。 奥方が、小間物 屋わらわを連れて逃げておくれ、ここに二百両ある。 その背中を、ブスーー ッ。 殺しちゃった。 源ちゃんは色事師、源ちゃんは悪党だ、色事師は源ち ゃん!

 「伊八、伊八!」。 拙者は最前、彦根藩藩士「万事世話九郎」と申したが、 あれは仮の名、実は川越藩藩士石坂段右衛門、仇を探さんがため諸国を旅して おったが、盲亀の浮木優曇華の今日只今、仇に巡り会った。 隣の部屋の源ち ゃんだ。

 隣のお侍が、石坂段右衛門、エーーッ、エーーッ、ウッソーー。 踏ん込む か、隣に討たれに行くか、聞いて来いと。 両国の料理屋で聞いた与太話で、 顔を見ても不義密通するような顔じゃないでしょ。

 ではのう、明朝、宿はずれで、出合い仇ということにいたそう。 友人二人 も、三つに重ねて六つにしてくれよう。 一人でも逃がすと、伊八、そのほう の首は胴にはついておらん。

 番頭さんに万一のことがあってはいかん。 みんなで荒縄でもって、ふん縛 っておこう。 助太刀はしないと二人。 助けてくれと、三人は青菜に塩。

 朝になった。 何だ、隣の三人? 解き放っても、よろしゅうございましょ か。 ハッハッハ、伊八、あれは嘘だ。 ご冗談を。 ワシには、妻も、弟も いない。 三人は、昨夜、泣き通しでした。 許せ、あのくらい申さないと、 拙者が寝ることができなかった。