天皇の料理番「禿頭のキスマーク」2016/03/27 06:40

 1月に『味の散歩』(中公文庫)という宮内省大膳職司厨長を務めた秋山徳蔵 さんの本について書いたが、図書館に頼んでおいた『味 天皇の料理番が語る昭 和』(中公文庫)の順番がようやく回ってきた。 去年4月からTBSテレビが 放送したドラマ『天皇の料理番』は、こちらの方を下敷きになっていることが よくわかる。

 ドラマで終戦後、天皇制を維持するために、彼なりの立場で奮闘努力し、GHQ の高官の言うことを聞いて、忍び難きを忍ぶ場面があった。 鴨の御猟場で、 GHQの高官の夫人に言われて、池の中に入り、家鴨(アヒル)の真似をして、 並んで歩いたりしていた。 そんなことがあったのか、GHQの連中には、そ れほど教養のない人物が混じっていたのか、と思ったものだった。

 「終戦前後覚え書」に「禿頭のキスマーク」という一文がある。 秋山徳蔵 さんは、終戦後、アメリカ軍が進駐してきて、こう思ったという。 「われわ れは檻の中にはいったようなものだ。こうして自由に歩きまわってはいても、 日本全土が大きな檻なんだ。マッカーサーが潰そうと思えば、潰せる国なんだ。 国が可愛いければ、彼らのいうことを聞かなくちゃなるまい。特に、皇室に対 する彼らの考えを好転させるには、彼らにすがらなければならない。」

 うってつけの機会ができてきた。 宮内省には、鴨猟の猟場が、越ヶ谷、新 浜と二つある。 これは独特のやり方の猟で、広い池に浮かんでいる鴨の群を、 かねて訓練してある家鴨をおとりに使って、狭い掘割りに導く。 その出口に は、こんもりした竹藪があり、その竹藪の尽きた所で、柄のついた大きな網を かまえて待つ。 藪の茂みの水路から明るみに出た鴨が、人に驚いて飛び立つ ところを、網ですくうのである。

 終戦連絡部の人達が仲に立って、むこうの高官達を、この鴨猟に招待した。  すると、とても気に入ってしまって、われもわれもと申込が殺到するようにな った。 従来はシーズンになってから、せいぜい一月に二回ぐらいしかやらな かったのを、無理をして毎週土曜、日曜にやった。 一回に何十人という人数 がやってくる。 とった鴨をすぐこしらえて、醤油をかけて鉄板で焼いて食べ る。 アメリカ人達はこれを非常に喜んだ。 秋山さんも毎回接待に当り、こ こで、たくさんの知己ができたという。

 秋山さんは、「生来のかんしゃく持ちも、負けず嫌いも、自尊心も、恥も、な にもかも一擲した。たいこもちになった。」 この人ならばと思う人には、翌日 鴨を持っていって、ご機嫌をうかがった。 料理人、ハウスキーパー、洗濯屋 などの世話もまめにしてやった。

 いちばん、やりきれない思いをしたのは、ウィットニー少将の場合だという。  秋山さんが世話をした料理人が、奥さんと喧嘩して出て行ってしまった。 す ぐ来いというので行くと、イライラしている奥さんは、居丈高に「私達は、お 前の国の仕事をするためにきているのです。お前の国を助けるために、仕事を しているのです。その私達に、食事をさせないのですか。食事をしなければ仕 事はできません。これは日本の運命にかかわることです」と言った。 とんだ 春秋の筆法だが、万止むを得ず、大膳の料理人を一人、十日ばかりつなぎにや って、その間に代りのコックをみつけた。

 春が近くなって、鴨がだんだんいなくなると、下総の御料牧場に招待する。  上野駅に行ってみると、元のお召列車を改造している。 顔を背けたくなる。  それに自動車まで積んでゆくのだ。 秋山さんたちも、一緒に乗って行くのだ が、「いまおれは囚人なんだぞ、日本という国が囚人なんだぞ」ということを思 い出しては、自分に言い聞かさなければ、やりきれたものではない。 牧場で は、乗馬をさせたり、桜を見せたり、最後にはジンギスカン料理でもてなす。

 鴨猟には、夫人連もやって来て、いっしょにすき焼きをし、酒を飲む。 そ のうちに、夫人達が、「ヘーイ、マイ、ボーイ」とかなんとか呼びながら、抱き ついてきて、秋山さんの禿頭にキッスをする。 そして、ベタベタといくつも キッス・マークをつけて、キャアキャアと大騒ぎする。 そればかりか、ハン ドバッグから口紅を出して、秋山さんの頭の上に日の丸を書くのだ。 「これ には、押し殺していたかんしゃくが、ムラムラと咽喉のところまでこみ上げて きたが、グッとのみ込んだ。」