坂本達哉教授「アダム・スミスと福澤諭吉」2016/12/18 06:51

 3日、福澤諭吉協会の第128回土曜セミナーがあって、坂本達哉慶應義塾大 学経済学部教授の「アダム・スミスと福澤諭吉――<共感>と<独立自尊>の あいだ」を聴いた。 坂本さんは、1979(昭和54)年の経済学部卒業、84年 の大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、経済学部の助手、助教授を経て、 96年教授に就任、国際センター所長、慶應義塾常任理事等を歴任されている。  専門は18世紀の西洋社会思想史で、特にデビット・ヒューム研究の第一人者 として国際的に評価されている、という。 私は半世紀も前に経済学部を卒業 しているが、正直に告白すれば、「経済学の父」アダム・スミス(1723-1790) の『国富論』を読んでいなかったし、デビット・ヒューム(1711-1776)の名 を知らなかった。

 坂本さんは最初に「問題の所在」として、福沢思想の一源泉としてのスコッ トランド啓蒙思想という問題を掲げた。 福沢には、バックル(イングランド)、 ギゾー(フランス)、ミル(イングランド)等の周知の影響に加え、アダム・ス ミスとデビット・ヒュームの二人が代表するスコットランド啓蒙思想の影響が あったという(※1)。 バックルの『イングランド文明史』(1851-61)それ自 体がスコットランド啓蒙思想の詳細な考察を含んでいる(※2)。

 ※1…坂本達哉(1995)「丸山真男からヒュームまで」(『福澤手帖』第87号)、 『ヒュームの文明社会―勤労・知識・自由』創文社、アルバート・M・クレイ グ(2009)『文明と啓蒙―初期福澤諭吉の思想』慶應義塾大学出版会。  ※2…丸山真男(1986)『「文明論之概略」を読む』3冊、岩波新書。

 坂本さんが、伝統的なスミス像と(日本の近代化を民間で支えた)福沢像の 共通点として挙げたのは<利己心と競争>だった。 アダム・スミス「われわ れが自分の食事をとるのは、肉屋や酒屋やパン屋の博愛心によるのではない」 「われわれが呼びかけるのはかれらの博愛的感情にではなく、かれらの自愛心 (self-love)に対してであり、われわれが語るのは、われわれ自身の必要では なく、かれらの利益である。」(『国富論』岩波文庫(1)39頁)

福沢「私がチェーンバーの経済論を一冊持て居て…今で申せば大蔵省中の重 要な職に居る人に其経済書の事を語ると…コンペチションという原語に出逢ひ …競争と云う訳字を造り出して之に当て箝(は)め…「イヤ茲(ここ)に争と いう字がある ドゥも是れが穏やかでない、どんな事であるか 「どんな事ッ て是れは何も珍しいことはない 日本の商人のして居る通り、隣で物を安く売 ると云えば此方の店ではソレよりも安くしよう…又或る金貸しが利息を下げれ ば隣の金貸しも割合を安くして店の繁盛を謀ると云な事で 互いに競ひ争うて ソレで以てちゃんと物価も定まれば金利も極まる 之を名けて競争と云うので 御座る 「成程爾(さ)うか 西洋の流儀はキツイものだね 「何もキツイ事 はない ソレで都(すべ)て商売世界の大本が定まるのである」(松沢弘陽校注 『福翁自伝』215-216頁・岩波書店「新 日本古典文学大系 明治編10」)

坂本さんはこれを、市場経済、競争経済を言ったもので、「キツイ」はタフ、 厳しい、江戸期ではクール(かっこいい)の意味だったと言う。 福沢は感覚 的に受け入れていて、庶民感情では当り前のことだった、こうした役人と民間 の綱引きの歴史は80年に及ぶ、と。

ここからは、私にとつて大変嬉しい話になる。 この「チェーンバー経済論」 のチェーンバーは出版社で、著者はジョン・ヒル・バートン(1809-1881)。 バ ートンは当時を代表するスコットランド人のヒューム研究者で、ヒューム研究 の著書や伝記があるとした。  私は早速、坂本さんにつぎのようなメールを送った。 ジョン・ヒル・バー トンの息子、「日本の公衆衛生の父」と呼ばれるW・K・バルトンにずっと関心 を持っており、『福澤手帖』にも、下記の2編を書かせて頂いていたこと。「バ ルトンとバートン」 第102号(1999(平成11)年9月)、「スコットランド にW・K・バルトンの記念碑建つ―百七年目の帰郷―」第132号(2007(平成 19)年3月)。 W・K・バルトンについては最近、大阪経済大学名誉教授の稲 場紀久雄さんが、『バルトン先生、明治の日本を駆ける!』(平凡社)を出版さ れ、私もブログで紹介したこと。  坂本さんは、ヒューム研究のバートンの息子が日本とこのような深い縁があ ることをご存知でなくて、稲場紀久雄先生の本を早速取り寄せられたという、 お返事を頂いた。

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