柳家喬太郎の「普段の袴」2024/04/06 06:57

喬太郎、膝が悪いので釈台を置き、二列目の右隅で見ていたら、座布団を二つに折ったところに、どかりと胡坐をかく。 落語研究会、国立劇場でなく、日本橋劇場だと、緊張感がない。 方々でやる場所がなくなり、ここも建て替えで変わるとか、われわれも行く劇場を間違えたりする、愉快です。 国立演芸場には、社員食堂があった。 もし再開するなら、それ「らしい」社員食堂で続けて欲しい、食券を買うのも、(歌舞伎の調子で)「こんにち、できますものは、サバの味噌煮に、芋の煮っころがし、さあさあ、どちらで」とか。

今は鈴本のある上野広小路、道具屋の店の主に侍が声をかける。 主、そのほうの店は、ここであったか。 近藤様。 墓参の帰りだが、供にはぐれた、ちょっと店先の隅で待たせてもらうぞ。 齢は五十がらみ、黒羽二重に仙台平の袴、雪駄履きに細身の大小を差し、なかなかの貫禄。 奥へどうぞ。 ここでよい、商いの邪魔になるか。 いいえ、お茶と煙草盆を。

そこの鶴の絵、まことに良い出来だ。 お目が高い、落款がないのですが、手前は谷文晁ではないかと。 良き鶴じゃ、さすが名人だな。 ほれぼれと見ている内に、煙草の火玉が、袴の上に落ちた。 お袴の裾に、火玉が落ちました、疵(きず)になるといけません、すぐにおはらいを。 案じるな、これは、いささか、普段の袴である。 そこへ供がやってきて、すっと去る。

それを、芸人から釣りを取ろうというような、日当たりでボォーッと育ったような奴が見ていた。 ああ鷹揚に行きたいものだ、なかなか、ああはいかない。 やってみよう。 その八公、袴がないので、大家のところで借りて来よう、と。

何だ、店賃を払いに来たのか。 誰が払うって、言った。 窮屈袋、袴を借りたい。 祝儀かよ。 ン……? 不祝儀か。 へ……? 祝儀と不祝儀が、ぶつかったのか? そうだ、湯島の方から来たシュウギと、末広町の方から来たブシュウギが、一杯機嫌でぶつかった。 酔っ払ってるんで、大喧嘩になった。 八公、止めてくれってんで、俺が預かることになった、蕎麦屋の二階で手打ちをするんだ。 それで、袴がいるのか、婆さん、愛しいじゃないか、貸してやれ。 折れっ釘に、ぶら下がっているのでいいだろう、良いのもあるが。 良い方がいいけれど、折れっ釘でもいいや、焦がしちゃうんだから。 何? 穿いてみろ、馬子にも衣裳だな。 借りて行きます。 八公! あい。 シュウギとブシュウギに、よろしく。

あァ、主、そのほうの店は、ここであったか。 わざわざ来たわけではない。 墓参の帰りに、供とはぐれた。 あなたが、供では? なぜ、奥へどうぞって、言わない。 逆らわないほうがいい。 奥へどうぞ。 ここでよい、商いの邪魔になるか。 はい。 お茶と煙草盆は? 逆らわないほうがいい。

そこの鶴の絵、よう描けておるな。 さだめし、文晁かと。 エッ、鶴だろう、文鳥はこんなに首が長くないだろう。 わし、この人、好きだな。 いい鶴だ。 煙管に煙草をつめて、ふかすが、煙管の掃除をしていないから、火玉がなかなか飛び出さない。 強くプッと吹くと、火玉が頭の上に。 面白いぞ! あのー、おつむりに火玉が! 主、しんぺえするねえ、これは、いささか、普段の頭だ。