『下山の時代を生きる』2024/07/17 06:53

 小林奎二さんの『百代随想 自耕自食への下山 日本が生きるために』で、すぐ思い出したのは、以前「等々力短信」に『下山の時代を生きる』(平凡社新書)を書いたことだった。 著者は鈴木孝夫先生と平田オリザさん。 鈴木孝夫先生は、2021年2月に亡くなられた。 混迷を続ける国会で今、真に議論しなければならないのは何か、小林奎二さんといい、鈴木孝夫先生といい、老碩学の主張には傾聴すべきものがあると思われるので、再録したい。

      等々力短信 第1108号 2018(平成30)6月25日                 『下山の時代を生きる』

 劇作家で演出家の平田オリザさんと、言語社会学の鈴木孝夫慶應義塾大学名誉教授の、『下山の時代を生きる』(平凡社新書)を読んだ。 オリザさんという珍しいお名前だが、父上が日本は米が大事な国だからと、ラテン語の米オリザと名づけたのだそうだ。 戦後、オリザニンというビタミンB1の薬があった。 明治43(1910)年、鈴木梅太郎が脚気に効くとして米ぬかから抽出・命名した。 注射のアンプルを製造していた父は、オリザニンレッドというビタミン注射の流行で、景気の良い時期があった。

 平田さんは、その現代口語演劇と呼ばれる理論を構築するのに、最も影響を受けた言語学者が鈴木孝夫先生だという。 西洋の近代演劇を翻訳劇として輸入した日本では、セリフ一つとっても非常に言いにくかった。 その鈴木先生の著作が、世の中にはびこる「日本礼賛本」と並べられ「トンデモ本」として揶揄されているのを、ネットで目撃して、この対談を切望したという。 一方、鈴木先生も、平田さんの『下り坂をそろそろと下る』(講談社現代新書)を読み、若き同憂の士を得た思いがしたそうだ。

 司馬遼太郎『坂の上の雲』の冒頭をもじって、「まことに小さな国が、衰退期をむかえようとしている」で始まり、そこには、鈴木先生年来の主張、「日本はさらなる経済成長なんてとんでもない。いや日本だけでなく人類全体が、あらゆる生物の複雑さを極めた連携的共存共栄をも視野に入れた、全生態系の持続的安定こそを目標とする下山の時代を迎えている」と、ほとんど違わない考えに基づく、日本人の生き方についての処方箋があった。 今の生活の便利さを二割諦めるのなら、納得してもらえそうだ。

  鈴木先生は、以前から全世界規模の「鎖国のすすめ」を主張し、江戸260年の戦争のない省エネシステムの壮大な実績や、日本の古代性と近代を併せ持つ二刀流を、世界に発信して東西文化の懸け橋になれる、と。 平田さんは、隠岐島や小豆島での具体的体験から、長野県一国だったら鎖国できるという。 一つ一つの地域がまずある種の自立をする、食料的にも経済的にもエネルギー的にも。 地方の自治体が実践している施策を、国全体の政策にできるかが課題。 国だけが、まだ経済成長を前提としている。

 面白い指摘がいくつもある。 鈴木先生は、SFC湘南藤沢で英語を必修から外したことがあった。 日本人は、英米人の目で世界を見ている。 いま地政学的に肝要なのは、アラビア語、ロシア語、朝鮮語、中国語だ。 リニアモーターカーの建設に反対、新幹線の安全保守対策をすべき、何年も前からシートベルト装備を言っている。

 平田さんも、参議院では少なくとも党議拘束を外せ、日本に相応しい政治システムを獲得した上で、10年間「凍憲」し、地球市民の憲法をつくれと提案する。