さん喬の「百年目」上2016/01/29 06:30

 さん喬は濃茶の羽織に、鼠色の着物。 いきなり昔は奉公をしたもので、貞 吉、何やってんだ、と始めた。 両方の鼻の穴に、火箸を突っ込んで、チーー ン、チーーン。 旦那様に、言いつけるよ。 仕事は自分で探すんだ。 芳ど ん! コヨリ作ってます、百本。 いま何本だ? 九十六本、あと九十六本。  朝からそこへ座って四本かい。 後ろに何を隠した? 馬かい、コヨリで馬を 作って、ドンドン叩いて、遊んでいるのかい、修業に来ているんだぞ。 これ は鹿、馬と鹿を間違えれば、馬鹿。 余計なことを言うな。 松どん、店先で 本を読むな、通る人に暇な店だと思われる。 本は、みんなが寝た後で読め、 灯し油を使ってもいいから。 孝蔵は? ♪おちゅうどは、お軽勘平道行……。  はばかりで変な声を出すな、何だ? 清元。 清元じゃなくて、仕事のことを 覚えろ。 清元…、足元みたいな顔して。

 藤三郎、フフフと笑ったね、それは蔑(さげす)み笑いというんだ。 おっ しゃりたいことがあれば、おっしゃって下さい、さあ。 せっかくだから、言 うがね、二日前の夜、はばかりに何度も起きた。 大勢の人が歩いて来る音が した。 どうもありがとうございます、ハハハハハ。 店の戸を、雨だれみた いに叩く音がして、貞吉がくぐり戸を開けたらしく、番頭さん、お帰んなさい、 有難うございます、と。 何か、もらったんだろう。 この店で、番頭と呼ば れるのは、お前と私だ。 あんな夜中に、どこへ行っていたんだ。 お茶屋へ。  お茶を買いにか。 茶葉屋じゃなくて、あのお茶屋、芸者や幇間がいて、どん ちゃん騒ぎをする。 ゲイシャっていうのは、どんなシャ(車)だ、タイコモ チっていうのは、焼いて食うのか、煮て食うのか? 弱ったな。 私に万が一 のことがあったら、お前さんが店を束ねるんだよ。 そんなこっちゃいけない、 旦那様に申し上げるよ。 私は、これから麹町のお客様の所へ行ってくるから、 旦那様には遅くなるかも知れないと、申し上げてくれ。 行ってらっしゃい。  番頭さん、行ってらっしゃい。 行ってらっしゃい。

 表に出ると、真っ赤な羽織を斜めにかけて、真っ赤なステテコ、扇を首には さんだのが、追って来た。 旦那、番頭さん! 何で店の前を、八百屋の恰好 をしたり、豆腐屋の屋台かついだりして、ちょろちょろするんだ。 蔦乃屋の 女将、これ(おかんむり)でしたよ。 芸者衆を連れて、無理して花見に行く ことなんかないんだよ。

 声をかけて、駄菓子屋の梯子段をぎしぎし昇ると、箪笥二棹に入っている着 物に着替え、結城の羽織を肩に引っ掛けた。 ちょいと太夫、どうなってんの よ、番頭さんは…。 見えたよ、番頭さん、こっちですよ。 大きな声を出す な。 船頭さん、すまなかったね、船出しておくれ。 大川の両側は桜が満開。  障子、開けちゃあ、いけないよ。 花が見えないじゃないですか。 駄目だよ、 見つかったら、どうするんだよ。

 船の中は、むせるよう。 暑い、暑い、障子開けろ、開けろ。(三味線が入 る、元禄花見踊) よかったね。 見てごらんなさい、娘さんが尻っぱしょり して、白い足を出して、おばさんはゴボウみたいな足して。 喧嘩だ、喧嘩、 あら、ぶたれたよ。 大きな瓢(ふくべ)の酔っ払い、鼻がタラコみたい。 お かあさん、岸に上がりましょうよ。 (暑い中で酒を飲み、番頭はずいぶん酔 って)行きたい奴は行け。 太夫が、旦那、こうしましょう、みんなでワッと 上がりましょう。

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