入船亭扇遊の「肝つぶし」後半 ― 2025/03/09 07:29
先生。 どうだ按配は? 相変わらずで。 元が分からないと、聞いたが? 夢に見た娘に恋患いだそうで。 えらい病に、取り付かれたな、一命を取られんとも限らない。 ずいぶん前に、読んだことがある。 唐土(もろこし)で、楊貴妃の夢を見て恋患いになった男がいた。 楊貴妃は、時の帝の想い者だ。 忘れさせようとしたが、どんどん痩せ細ってきた。 易者が、亥の年月の揃った生れの者の生き肝を呑めば、病は治ると。 ある罪人が、亥の年月の揃った生れの者で、打ち首になると知る。 自分の家で、首を落として、その生き肝を呑んだら、たちまち癒えたという。 気晴らしをするように、また、顔を出せ。 先生、有難うございます。
民、えれえ病に取り付かれたもんだな。 俺に、その生き肝を呑ませてくれ。 気をしっかり持って、大事にしろ。
亥の年月の揃った生れの者、どっかで聞いたことがあったな。 おや、灯りが点いている。 兄さん、お帰えんなさい。 お花か。 観たいお芝居があって、明日行く。 休みをもらったんで、今日はここに泊めてもらおうと思って。 掃除をして、酒も買ってある。 湯呑でもらおう、うめえ酒だな。 刺身もあるのか、銭使わせちゃったな、中トロか、山葵が利いて、目に涙だ。 すまねえな、そうか、近頃、綺麗になったな、好きな男でも出来たか。 そろそろ所帯を持たなきゃ、お花、幾つになる? 亥の年月の揃った生れよ。 そうか、お前、因縁だな。
さっき民の所に寄って来たんだが、患っている。 治してやりたい。 親父とお袋が死んだ時、俺が11、お前が7つか8つ、途方に暮れた。 二人を引き取って、育ててくれたのが、民の親父だ。 俺に職人の道を教え、お前に女一通りのことを教えてくれた。 恩返しをしたいと思っていたが、死んじまった。 民の病を治してやりたい。 お花が急に命を落とすようなことがあっても……。 兄さん、泣き上戸になったの。 明日、早いんだろ、先に寝な。 そうするわ。 枕屏風を立てて、お花が寝た。
兄貴は、いくら飲んでも、酔わない。 出刃包丁を研ぐと、妹の枕元へ。 お花、勘弁してくんな。 実の妹を殺して、義理の弟を助ける。 お前の命をくれ。 民が良くなったら、俺も後を追う。 胸元を刺そうとして、涙がお花の顔に落ちた。 ワァーッ! 私を殺そうとするの! 聞いてくれ、出刃包丁の芝居を観て、真似をしたんだ。 アァ、びっくりした、殺されるかと思って、肝をつぶしたわ。 それじゃあ、もう薬にならねえ。
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