離婚届をつきつけらながら書いた戯曲2010/03/26 06:52

 世田谷区立奥沢図書館が、大田区立大田図書館から借りてくれた『井上ひさ し全芝居 その四』(新潮社)には、1985年から87年に初演された7つの戯曲 が収録されている。 「その五」巻末の自筆「芝居に偏した 年譜」をみると、 昭和60年(1985)51歳、「9月、「きらめく星座―昭和オデオン堂物語」(こま つ座)を上演。この作品で初めて演出というものをしてみる。」 昭和61年 (1986)52歳、「1月、「國語元年」を戯曲に書き直して上演(こまつ座、演出・ 栗山民也)6月、「泣き虫なまいき石川啄木」(こまつ座、演出・木村光一)上 演。同じ月、妻と離別、こまつ座代表をつとめることになる。」 昭和62年 (1987)53歳「4月、料理教師米原ユリと再婚。同じ月に、代表を退き、長女 の井上都に後事を託す。」という時期である。

 「その四」『泣き虫なまいき石川啄木』の扇田昭彦さんの解説が、執筆当時の 井上ひさしさんの苦悩と危うさを伝えている。 井上さんが、前作『國語元年』 と、この芝居を書き進めていたころ、こまつ座の座長でプロデューサーだった 好子前夫人(現・西舘好子)は、こまつ座の舞台監督をつとめていた年下の西 舘督夫さんのもとに走った。 二人の背信に衝撃を受けた井上さんは、1985 年12月4日、自宅で睡眠薬を飲んで首を吊る自殺未遂まで起こしている。 そ んな嵐の真ッ只中の1986年4月、5月、『泣き虫なまいき石川啄木』は、有責 者で離婚を言い出せないはずの好子さんが、何度も何度も離婚届を持ってやっ てくる、離婚届をつきつけられながら書いた戯曲だそうだ。 初演の幕を下ろ した直後の6月25日、離婚が発表される。 そんなわけで、石川啄木の晩年 の三年間を描いたこの芝居は、井上ひさしさんの家庭内トラブルと自分の心情 をかなりリアルに投影したものになった。

コメント

_ 岩本紀子 ― 2010/03/27 15:03

そうだったんですか。こんなに詳しくは知りませんでした。迫力あるドラマそのものみたいな井上ひさしさんの人生ですね。ご病気は如何なのでしょうか.長生きしていただきたい作家です。馬場さんの要領を得た紹介にいつも感心して読んでしまいます。

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