喬太郎の山崎雛子作「孫、帰る」本篇2014/07/30 06:03

 お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、来たよ。 鍵、開いてるよ。 健一か、ワシ はここじゃ、箪笥の上だ、暑いからな。 エアコンの風は合わぬ、扇風機も嫌 いでな。 猫のタマが、ここで涼んでおった。 タマを追い出して、上ってみ たんだが、暑苦しいわ。 降りておいでよ。 上がるには上がったが、どう降 りたらいいか、わからない。 若い時は体操の選手になろうと思ったもんだっ たが…。

 タマはどこへ行ったのかな。 タマ、タマ、こら出て来んか、ポチ。 ポチ?  たまには、アイデンティティーを崩壊させてやらないとな。 こら、三郎兵衛 (さぶろびょうえ)。 タマは、屋根の上だ、猫に似合うな。 と、いうことは、 今はあそこが涼しいということになる。 年寄のハヤミズ(家具センターとい うのがあったな、昔)で、登るか。 健一も、登って来い。 腕白でもいい、 たくましく育って欲しい。

 気持いいね、屋根の上は。 空が赤くなり始めたか。 お祖父ちゃん、煙草 やめないの。 煙草ぐらい、吸わしてくれよ。 分煙というのは、大賛成だが、 楽屋ぐらい吸ってもいいんだと思う。 ごめんな、つい素(す)に戻った。   

ママ、元気か、美代子は? ママさんバレーのチームに入った。 婆さんは、 スーパーに行って、惣菜売り場で30%の値引きがつくのを、待っているのだろ う。 お祖父ちゃんは、何してるの? グリーン・グランド・ファザーをやっ てる、緑のおばさんのジジイ版だ。 覆水盆に返らずっていうけど、お盆で水 は汲まないよね。 気持いいな、美代子もよく屋根の上に上がっていたもんだ。

美代子と二人で暮していて、気を遣うこともあるだろう。 普段言えないこ とを言いなさい、思い切って言ってみろよ。 ボクね、やっぱり死にたくなか ったな。 そうだな。 もっと、生きていたかった。 美代子は悪くない、シ ートベルトも、ちゃんとしていたんだ。

お祖父ちゃん、肩叩いてあげようか。 お前、宙に浮くのか、身体、透けて んのか。 気持よかったぞ。 健一、もう帰るのか、婆さんが帰ってくるよ。  もう、行くよ。 健一!(煙草を折って、胸のポケットに入れる。)

あなた、何で屋根の上に、いるんですか。 健一が帰って来ていたんだ。 美 代子は来なかったんですか。 お盆には、一人しか帰って来ないんだよ、複数 盆に帰らず。