『童蒙教草』の原本を探索する2014/08/11 06:30

 その3年ばかり前というから、昭和59(1984)年頃、西川俊作慶應義塾大 学商学部教授が、早稲田大学の図書館に“The Moral Class-book”の原本があ ることを知って、そのコピーを取って、桑原三郎先生にくれたという。 1873 年版、つまり明治6年、『童蒙教草』の出版の1年後の版だった。

 桑原先生は、ともかくそれを坂本幸児慶應義塾大学経済学部教授と一緒に訳 してみることにした。 福沢先生が、どういう英語を、どういう日本語に訳し たか、興味があったからだという。 坂本教授は、桑原先生と文学部の予科で 同じクラスで、当時から英語が大好きだった。 2人で週に1度会って、4、5 時間訳しては、食事をすることを繰り返した。 その間に、平川祐弘東大教養 学部教授の『進歩がまだ希望であった頃』を読んで、“The Moral Class-book” の原本が東大の図書館にあることがわかった。 こちらは1921年(大正10) 版で、ページ数は1873年版と同じだった。

 そうこうしているうちに、坂本教授が原書の出版社であるChambers社に問 い合わせ、この本の初版は1839(天保10)年で、1847(弘化4)年に改訂版 が出たことがわかった。 桑原先生は「その本が大正10年まで略(ほぼ)百 年近く同じ出版社から刊行され続けていたわけですから、英国というのは、真 に面白い国です。チェムバーズという出版社はエディンバラに現存していて、 良い本を出しているそうです」と、書いている。

 坂本幸児教授が、『福澤手帖』49(昭和61年6月)「『童蒙をしへ草』の訳し ぶりについて」に書かれたところによると、その時チェンバーズ社は同社の 1852年のカタログを送って来たそうだ。 坂本教授も、「130年前のカタログ を捨てないで持っているのは、まことに英国的である」と書いている。 コピ ーが欲しいと、再度版元に手紙を送って問い合わせると、旧版は版元になく、 スコットランド国立図書館に照会しては如何という返事だった。 同図書館に は1847年版しかないというので、ブリティシュ・ライブラリー(大英図書館) に、目下慶應義塾を通して紹介中である、と『福澤手帖』49にある。

 桑原先生の本に戻る。 そしてブリティッシュ・ライブラリーから、昨年(昭 和61年)、初版本のコピーが届いた。 1873年版と比べると、第一に組みが 違い、ページ数が違う。 初版は168ページだが、73年版は207ページで、 文章も73年版のほうが易しくなっているようだ。 見てみると、福沢先生が テキストに使っているのは、どうも初版ではなさそうだという気がしてきた。

 そうこうしている中、西川俊作教授がケムブリッジに留学し、ブリティッシ ュ・ライブラリー所蔵の1860年版のコピーを桑原先生にくれた。 これを見 ると、初版と組みはほとんど変わらず、168ページだった。 とすると1860 年版と1873年版の間に、もう一度改訂があり、組みも変更されているはずだ、 というのであった。