米林宏昌監督の挑戦2014/08/19 06:31

 ジブリの映画が公開される時期になると、鈴木敏夫プロデューサーの周到な 戦略の一つなのだろう、製作委員会に名を連ねる日本テレビはもちろん、NHK までもが、制作過程の密着番組を放送する。 もっとも今年のNHKは、10月 からBSプレミアムで放送する駿さんの息子、宮崎吾朗監督の3D・CG技術に よるアニメシリーズ『山賊の娘ローニャ』(全26話)と、米林宏昌監督の『思 い出のマーニー』の手描きセル画アニメを、半々に対比させて、自局の宣伝も 忘れなかったが…。

 米林宏昌監督は、宮崎駿引退後ということで、いつも以上のクオリティで、 よいものを作ろうと、ジブリ映画の革新に挑んだ。 無難なジブリの手法をな ぞるのをやめて、違うものをやっていこうと考えたのだ。

美術監督には、実写映画で『スワロウテイル』『キルビルVol.1.(U.S.版)』 『清須会議』などいくつもの輝かしい経歴を持つ種田陽平を起用した。 アニ メ映画の美術監督は初めてだが、種田は部屋の奥行や壁紙のデザイン、型ガラ ス、シャンデリア、ドアの厚み、ドアノブなど、リアルな映像を追求して、緻 密で繊細な背景を描いた。 丁寧に描くと、椅子や机などが機能してきて、つ くりものでない実在感が出る。 建物の平面図を書き、実写の時と同じように 模型をつくり、光の当り方を見る。 北海道だからと、アニメでは大ごとだっ たが二重窓にしたら、マーニーが閉じ込められているような効果も出た。

 作画監督には、『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』で作画を担当したが、 宮崎駿監督との方向性の違いからジブリを離れていた日本でトップクラスのア ニメーター安藤雅司を、13年ぶりに呼び戻した。 登場人物の顔に、光と影が ある。 心の動きを、しぐさや表情の変化で表わす。 初めは心を閉ざしてい て「無表情」な杏奈、何通りもの「無表情」を描いた。 作り笑顔や、微妙な 表情、その目の描き方にも工夫し、目の下の線を取ったりしている。

 宮崎駿さんは、『思い出のマーニー』の原作を読んで、風景は魅せられるが、 物語が内面の問題だから、絶対アニメにはならないと、言っていた。 米林宏 昌監督とそのスタッフは、それに挑戦した。 たとえば、今までのジブリ作品 は青い空と白い雲、ピーカンの空だった。 今回は、雲が多く、はっきりしな い空、原作にある「真珠色の空」を描いた。 杏奈は、心に殻(から)を持っ ていて、だれとも打ち解けようとしないからだ。 それが、マーニーと出会う ことによって、だんだんと心を開き、魂が救われていくように、青空を取り戻 して行く。

一昨日書いた、杏奈の目に「しめっ地」に立っている「しめっ地屋敷」が飛 び込んで来る場面。 それは、杏奈がずっと、探していたものだった。 杏奈 の心の中の感情を表わすのに、米林監督は、発見の瞬間、背後の土手の草と杏 奈の髪の毛を強くなびかせて描き、そして髪の毛の動きを止めた。

 日本テレビの番組(ZERO)で、米林監督と杏奈の声の高月彩良が、北海道 のロケハンの地・道東へ行き、裸足で藻散布(もちりっぶ)沼に入るところが あった。 映画を観ていて、上のシーンに続いて杏奈が「しめっ地」に足を入 れる場面、何かその冷たさや感触を感じたのは、波紋の広がりや水が足にまと わりつくのを描いた米林監督苦心のアニメーションの効果だったのだろう。  日テレの宣伝が、頭に残っていたからだとは、思いたくない。