天国に来たかと思ったら、奇跡的だった2021/01/07 07:10

 昨年10月20日~24日に書いていた作家・高橋三千綱さんの「帰ってきたガン患者」(岩波書店『図書』断続連載)だが、『図書』10月号を最後に、11月号にも12月号にも掲載がなくて、ちょっと心配していた。 2021年1月号に、その5「あれは奇跡だったのだろうか」が出た。

 命を賭けての最後の手術となるだろう、前日には「食道が破裂して大出血を起こし、即死する可能性もある」と宣告されていた。 2019年11月13日(火曜日)、「長塚節文学賞」の応募作、中学一年の女子が書いた「奇蹟」という掌編の、明るく生命力に溢れ、けなげに未来をみつめる姿に深く感動したことに思いをはせながら、午前10時過ぎ、高橋三千綱さんは手術室に入った。

 なにかすがすがしいものに導かれるように目が覚めた。 そこは手術室だった。 白衣を着た看護師の女性が外科医のO御大と談笑しており、ベッド脇では消化器外科の若い医師と手術の補助をした助手が、なごやかに話をしている。 何か楽しげな音楽でも聞こえてくるようだった。

 「ここは天国か。とうとう来てしまったのか」

 そう思いたくもなるのどかで、牧歌的な光景が手術室に広がっている。 壁時計は10時32分を指していた。 目が覚めていることに、女の看護師のひとりが気づき、点滴の針を抜いて、呼吸器をはずし、移動用のベッドを持ってきた。 「手術は終わったのですか」と、そこで初めて聞いた。 「ええ、終わりましたよ。大丈夫、うまくいきましたよ」

 手術は成功し、バルーンの先導で広げると、出血もなく、ちゃんと胃まで内視鏡が入って、胃にあった静脈瘤も取れた。 30センチにも進行して、食道を狭めていた食道ガンが消えていた。 奇跡的なことだった。 三千綱さんは、昨日読んだ白血病の少女が書いた、明るくてたくましい闘病記のことが脳裏に蘇り、名も知らない少女だったが、君が祈っていた奇跡が起きたよ、とお礼を言いたい気持だった。 あの文章を読んでいなければ、自分は絶望的な気持で手術台に上がったのではないか、という思いが拭えなかった。