結城昌治、サナトリウム、実の父親は福永武彦だった2021/01/31 07:34

 ミステリーの章、池澤夏樹さんは日本のミステリーで一番読んだ作家は、結城昌治で、本人とも親しかった、という。 そして、結城昌治はサナトリウムで、石田波郷に俳句を教わり、福永武彦にミステリーを教わった。 春菜さんは「なんと贅沢な……!」と絶句、夏樹さんは「本人も「すごいよね」と言ってたよ」と笑う。 結城昌治のバックグラウンドには俳句がある、だから作品がユーモラスなんだ、どこかでクスッと笑わせる、と。

 福永武彦がサナトリウムにいたことは、池澤夏樹さんとも関係がある。 戦争中に日本女子大を繰り上げ卒業した原條あき子と福永武彦が結婚したのが、昭和19年秋。 それから戦況はますますひどくなり、東京大空襲のあと妊娠中の原條あき子は帯広の実家に帰り、福永は東京に留まったけれども、その後帯広に来る。 昭和20年に夏樹さんが生まれ、親子三人で暮したのは一年半ぐらい。 夏樹さんが生まれてまもなく福永が結核を発病して、帯広のサナトリウムに入った。 ところが帯広では治療の方法がないとわかり、清瀬のサナトリウムに移る。 福永の世話のために母親も東京へ行き、仕事を見つけて、働きながら福永の看病をする。 夏樹さんは、その間、帯広で祖父母と叔母に育てられた。 物心ついたときに、二親はいなかった。 母親はときどき帰ってきたけれど、父親に会うことはできなかった。

 そういう生活が5年くらい続いたせいで、母親は看病疲れしてしまい、そんなこんなで結局二人は離婚する。 くわしい事情は知らない。 母はその後、だいぶ年下の池澤という男と再婚し、夏樹さんは池澤という名前になった。 夏樹さんが6歳になり、翌年4月から小学校に入るところで、母たちは夏樹さんを東京で育てようと考え、帯広から東京に運ばれる。 そこで何年かぶりに父に会う気で池澤に会った。 じつは初対面だったけれど。 そう言われたから、父だと思った。 小学校に入学しても、まだ気がつかない、自分の母親がかつて詩を書いていて、『マチネ・ポエティク詩集』という本があり、そこに福永という名前が並んでいたこと、なおかつ、子供の頃に自分の名前が福永で、キンダーブックの後ろにカタカナで「フクナガ」と書いてあったことも、みんな覚えている。 それでも、まったく疑わない。 たぶん自分の中で「それは考えちゃいけないことだ」というリミッターがかかっていたんだと思う。

 最終的にわかったのは、高校に入る時。 戸籍を学校に提出する必要があって、ようやく両親が「まあおまえ、ここ座れ」と、初めて事情を明かされた。 父親違いの妹が生まれていたし。 そこではじめて父親に「じつはおまえは俺の子じゃない」と伝えられた。 案外冷静だった。 その頃、福永武彦はサナトリウムを出て再婚もしていた。 どうやら立派な作家らしい。

 翌年の秋、会いに行って、それから時々、行き来するようになった。 ちょっと名前の知られた親戚のおじさんに会うという感じ。 それでも話をすると感覚的に合うのはわかる。 特に本の話。 本はよく読んでいて、中でも新潮文庫の海外小説はほとんど読破していたから、そんな話をした記憶がある。

小人閑居日記 2021年1月 INDEX2021/01/31 07:48

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