三遊亭兼好の「孝行糖」2026/03/27 07:06

 卒業や就職、左遷にあったり、いろいろなことのある季節で。 新しく商売を始める方もいるでしょう。 資本金がなくても、一人で、才能がなくても始められるのが、噺家。 天秤棒で振り分けの荷をかつぎ、売り歩く商売も、次の日から出来る。 ただし、売り声が肝心(と、黒の羽織を脱ぎ、空色の着物になる)。 死んでる魚は、生きてるように、生きてる魚はその逆に売る。 金魚はそれで、「きんぎょーーぇ、きんぎょーーッ!」と、のんびり売る。 イワシは、「イワシコ、ヘイ、イワシコ」と、早く短く売る。 「イワシーー、イワシーー、イワシーー」とやると、「そのイワシ、いつ獲れた?」 「一昨年」

 大根は「デエコ、デエコ!」と「ん」が抜け、ごぼうは「ゴンボ、ゴンボウ!」と「ん」が入る。 「ゴボ、ゴボ、ゴボ」とやると、何かが沈んだようになる。 「一声と三声で売らぬ玉子売り」、「玉子!」だけだとそっけなく、「玉子、玉子、玉子!」だと、追っかけられているようになる。 半端なのがトコロテン、一声半で売る、「トコロテン屋、テン屋!」 売りにくいのが、お麩。 「フ!」、「フフフ!」だと変態になる。 「フ屋でござい、フ屋でござい」と売る。 明治の初め、納豆売りは学生のアルバイト、粘るように売る。 「ナット、ナット、ナットーーーッ!」 今も売り歩いてほしいと思う。 デパートは「高島屋でござい」とか、「ユニクロでござい」とか。 「イトーヨーカドーでござい」、「赤札堂でござい」とか。 何か買ってもいい。

 みんな集まれ、長屋の与太郎、お奉行様から呼び出しがあって、褒められた。 親孝行で青緡(ざし)五貫文のご褒美をもらった。 与太郎は抜けてはいるが、おっ母さんを大事にする。 そこで、褒美の使い道を考えてやりたい、無駄に買い食いしたり、悪い奴に盗られたりしないように。 何か商いをさせたい、元手が掛からず、儲けがあって、与太郎にも出来るようなものを。 いつも座っていて、儲けがあって、馬鹿でも出来る、大家はどうだ。 こらこら。

 飴屋はどうだ、嵐璃寛と中村芝翫の人気にあやかり、璃寛茶と芝翫茶という渋い反物を売り出して当てた人や、鉦と太鼓で璃寛糖と芝翫糖という飴を売って歩いた飴屋がいた。 その飴屋の売り方をそっくり頂いて、与太郎に飴屋をやらせたらいい。 飴の名は、璃寛糖と芝翫糖じゃないのが、何かないか。 馬鹿飴、抜け飴。 孝行糖はどうだ。 それがいい。

「昔、昔、唐土の二十四孝のその中で老菜子(ローライシ)といえる人、親を大事にしようとて、こしらえあげたる孝行糖、食べてみな、おいしいよ、また売れた、嬉しいね」。 うまいな、お前、自分でやったらどうだ。 甚兵衛さんが、箱や、たっつけ、太鼓と鉦を用意してくれて、与太郎の飴屋をこしらえた。

三日もすれば、馬鹿の一つ覚えで、「孝行糖、孝行糖、孝行糖の本来は、粳(うる)の小米に寒晒し、榧(かや)ァに銀杏、肉桂に丁字、チャンチキチン、スケテンテン、昔、昔、唐土の二十四孝のその中で老菜子(ローライシ)といえる人、親を大事にしようとて、こしらえあげたる孝行糖、食べてみな、おいしいよ、また売れた、嬉しいね」と、派手な形(なり)で売って歩く。 あの飴屋、ちょっと抜けてないか。 ちょっとじゃなく、すっかり抜けているが、親孝行でお奉行様から褒美をもらったそうだ。 子供がなめると、親孝行になるらしい、と評判になる。

 飴屋さん、いくつになる? お向かいの金ちゃんと同い年。 金ちゃんは、いくつだい? 他人の年は知らない。 去年は十九だった。 去年十九だったら、ハタチというんだ。 俺は二十九だから、来年はイタチかな。 三十だよ。 ありがとう。 どういたしまして。

 与太郎の飴屋、大変な人気で、よく売れた。 うるさいことでは江戸一の水戸様の御門前、鼻歌で通っても、六尺棒でなぐられるところで、与太郎さん「孝行糖、孝行糖、孝行糖の本来は…、チャンチキチン」とやった。 これ! ドン!(と、太鼓) 何奴だ、御門前である、鳴り物はならん! 「スケテンテン」 合いの手を入れるな、と門番をすっかり怒らせ、六尺棒でポカポカぶたれる。 馬鹿にしたのではありません、親孝行の飴屋でして、以後、こういうことのないように言い聞かせますので、と止めに入ってくれた人がいた。

 「痛いよう、痛いよう!」 そんなにぶたなくてもいいのにな、どこをぶたれたんだ? 「こーこーとー、こーこーとー」。