終戦直後のプロ野球リーグ戦 ― 2026/03/15 07:24
鴨下信一さんの『誰も「戦後」を覚えていない』の、「復員野球―幻影も一緒にプレーしていた」の続き。 プロ野球のリーグ戦が再開されたのは、昭和21(1946)年からで、8チームだったそうだ。 私は5歳だから、覚えていない。 成績順に、
グレートリング
巨人
阪神
阪急
セネタース
ゴールドスター
中部日本
パシフィック
グレートリングはすぐ南海ホークスと名が変る。 なんでも進駐軍の兵士がこの名を聞いて大笑いしたからだそうで、日本人が〝大きな車輪〟(親会社が電鉄だから)の意味でつけたこの名前、あちらでは何やらアヤしい意味があるらしい。 いまは福岡ソフトバンクホークスだ。 阪急ブレーブスはいまのオリックスにつながり、セネタースは親会社が東急・東映・日拓と変って、そのたびチーム名も変るのだが、現在の北海道日本ハム・ファイターズがその流れをくむ。
ゴールドスター、ここは毛色が変っていて親会社のスポンサーを持たずに出来た新チームだった。 このゴールドスターの金星が、「国民リーグ」(国民野球連盟、昭和22(1947)年に生まれた4チームの、それまでのプロ野球組織とはまったく別のリーグ。)の大塚アスレチックスを吸収して、それをまた映画会社の大映を親会社とするチームが吸収合併して……この時代のプロ野球は目まぐるしく変る。
パシフィック、この球団は太平パシフィックから太陽ロビンスとなり、大陽ロビンスとなる。 大阪の糸ヘン問屋(繊維を扱う)の田村駒次郎(駒鳥=ロビンス)がオーナーで「太」から「大」にしたのは、これで〝点がとれる〟というオマジナイ。 昔はこんなトボケタところがあった。 ここにやはり映画会社の松竹が資本参加して松竹ロビンスとなる。
松竹・大映・東映と、この時期隆盛をきわめていた映画産業が積極的にプロ野球経営にのりだしてくる。
「国民リーグ」は、昭和22(1947)年の1年しかもたなかったそうだが、4チーム。
宇高レッドソックス…自動車のクラクションを一手に製造して大いに金を儲けた宇高産業が母体。
唐崎クラウンズ…戦時中海軍に清涼飲料水をおさめて財をなした唐崎産業が親会社。
大塚アスレチックス…ここは洋傘の骨で儲けていた。
その他、グリーンバーグという、どう調べてもわからないが広島の鯉城園というクラブ・チームから生れた球団らしい。 これはすぐ茨城県結城の実業家がひきとって結城ブレーブスとなる。
「国民リーグ」が1年しかもたなかったのは、球場難や観客動員にも問題があったのだが、それよりも親会社が続々経営難になった。 なんでも、プロ野球を持てるくらいならさぞ儲かっているだろうと税務署が多額の税金を課したからだという。 なんとなく当時の世相がほうふつとしてくる。
ウィキペディアの「国民野球連盟」に詳しいことが書いてある。 夏季リーグ30試合、秋季リーグ21試合が行われ、夏季の順位は結城ブレーブス、大塚アスレチックス、宇高レッドソックス、唐崎クラウンズ、秋季の順位は大塚アスレチックス、結城ブレーブス、熊谷レッドソックス、唐崎クラウンズとなっている。 7月15日に試合のあったルー・ゲーリック・メモリアム・スタジアムは、進駐軍接収中の横浜公園球場だ。
グレートリング
巨人
阪神
阪急
セネタース
ゴールドスター
中部日本
パシフィック
グレートリングはすぐ南海ホークスと名が変る。 なんでも進駐軍の兵士がこの名を聞いて大笑いしたからだそうで、日本人が〝大きな車輪〟(親会社が電鉄だから)の意味でつけたこの名前、あちらでは何やらアヤしい意味があるらしい。 いまは福岡ソフトバンクホークスだ。 阪急ブレーブスはいまのオリックスにつながり、セネタースは親会社が東急・東映・日拓と変って、そのたびチーム名も変るのだが、現在の北海道日本ハム・ファイターズがその流れをくむ。
ゴールドスター、ここは毛色が変っていて親会社のスポンサーを持たずに出来た新チームだった。 このゴールドスターの金星が、「国民リーグ」(国民野球連盟、昭和22(1947)年に生まれた4チームの、それまでのプロ野球組織とはまったく別のリーグ。)の大塚アスレチックスを吸収して、それをまた映画会社の大映を親会社とするチームが吸収合併して……この時代のプロ野球は目まぐるしく変る。
パシフィック、この球団は太平パシフィックから太陽ロビンスとなり、大陽ロビンスとなる。 大阪の糸ヘン問屋(繊維を扱う)の田村駒次郎(駒鳥=ロビンス)がオーナーで「太」から「大」にしたのは、これで〝点がとれる〟というオマジナイ。 昔はこんなトボケタところがあった。 ここにやはり映画会社の松竹が資本参加して松竹ロビンスとなる。
松竹・大映・東映と、この時期隆盛をきわめていた映画産業が積極的にプロ野球経営にのりだしてくる。
「国民リーグ」は、昭和22(1947)年の1年しかもたなかったそうだが、4チーム。
宇高レッドソックス…自動車のクラクションを一手に製造して大いに金を儲けた宇高産業が母体。
唐崎クラウンズ…戦時中海軍に清涼飲料水をおさめて財をなした唐崎産業が親会社。
大塚アスレチックス…ここは洋傘の骨で儲けていた。
その他、グリーンバーグという、どう調べてもわからないが広島の鯉城園というクラブ・チームから生れた球団らしい。 これはすぐ茨城県結城の実業家がひきとって結城ブレーブスとなる。
「国民リーグ」が1年しかもたなかったのは、球場難や観客動員にも問題があったのだが、それよりも親会社が続々経営難になった。 なんでも、プロ野球を持てるくらいならさぞ儲かっているだろうと税務署が多額の税金を課したからだという。 なんとなく当時の世相がほうふつとしてくる。
ウィキペディアの「国民野球連盟」に詳しいことが書いてある。 夏季リーグ30試合、秋季リーグ21試合が行われ、夏季の順位は結城ブレーブス、大塚アスレチックス、宇高レッドソックス、唐崎クラウンズ、秋季の順位は大塚アスレチックス、結城ブレーブス、熊谷レッドソックス、唐崎クラウンズとなっている。 7月15日に試合のあったルー・ゲーリック・メモリアム・スタジアムは、進駐軍接収中の横浜公園球場だ。
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