暖かい色、優しい顔の道化師へ ― 2013/02/04 06:32
第三幕の「記憶―光の道化師」1940~1950年代。 ルオーの晩年、彼が描 く道化師は、愛と犠牲を体現するキリスト的な人物像と一体化していく。 明 るい空色が印象的な1941-42年の「貴族的なピエロ」(アサヒビール株式会社 蔵)、1956年の額の形まで塗り込んだ女道化師「マドレーヌ」(パナソニック汐 留ミュージアム蔵)など、優しい表情と暖かい色彩が見られる。 「マドレー ヌ」は、キリスト伝のマリアを彷彿とさせるといわれる。 それはブリヂスト ン美術館にある「郊外のキリスト」などの、先のある道や水平線にマッチ棒の ような塔の見える平和な風景画に共通するもので、救いを求めて生きる人間へ の、温かい愛を感じさせる。
後年になるにつれ、色彩は鮮やかさを増し、ステンドグラスのように光り輝 く。 よくそれを、ルオーの黒く骨太に描かれた輪郭線とともに、14歳の時に ステンドグラス職人イルシュに弟子入りしたことの影響だと言う。
ルオーのサーカスの道化師を扱った10月28日放送の「日曜美術館」、ゲス トは作家の鹿島田真希さんだった。 芥川賞受賞作『冥途めぐり』のモチーフ になった夫の病気のことを語った。 聖職者になる勉強中に、頭の病気になり、 今は家にいる。 ルオーのピエロの顔は、キリストの聖顔に重なり、不幸の先 にあるものを、そこに見ることが出来るというのだった。
この展覧会、パリのサーカスの資料とともに、同時代20世紀初頭のモンマ ルトル風俗を象徴する「バル・タバラン」の資料が展示され、1939年のものだ が「バル・タバランのショー」の映像を見ることができた。 バルはつまりバ ーなのだろうが、タバラン座、キャバレーといってもよく、フレンチ・カンカ ンのショーがあった。
先日、佐藤春夫の『小説永井荷風伝』で読んだ永井荷風がパリに行ったのは 30歳、1908(明治41)年のことで、ほぼ同時代、「バル・タバランのショー」 は見たであろうか。 翌年博文館から出版され、すぐに発禁になった『ふらん す物語』は未読だが、ちょっと覗いて見たくなった。
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