権太楼の「うどん屋」本篇 ― 2013/02/16 06:48
「屑ーーイ、お払い」。 屑屋という商売、大きくなったらなろう、とは思わ なかった。 小声で呼ばれると、儲かるという。 目で、返事をする。 所帯 仕舞いかなんかで、馬鹿儲かりする。 長屋の共同便所の窓から、声がかかっ た。 掏摸が、掏った財布のナマを抜いて、いい財布でも出すのか、儲かるな と近づく。 「紙、くんねえか」
「そば屋さん」、小声で呼ばれると大店で、奥に内緒で、奉公人が15人、お 代わりをして30杯なんてことがあった。 時代が下がって、そばからうどん、 うどんを江戸っ子はミミズがはいずったようなと言っていたが、「鍋焼うどん」 になった。 今「鍋焼うどん」というと、金額を見てドキッとして、すみませ んカレーうどん下さい、と変わったりする。 昔のは、蒲鉾(?)と紅ショウ ガが入っているぐらいの粗末なものだった。
「♪すととん、すととんと、戸を叩きっと」、ちょっと待ってくれ、火に当っ てかまわないか、やかんがこぼれるぞ、どうだい景気は? 不景気で。 人間 みたいなことを言うな、でも火を担いで歩いていると、往来の者が助かる、い い商売だ、お前は…。 世間を広く渡り歩いているといえば、お前は仕立屋の 竹を知っているか、かみさんが愛嬌のいい、娘はお光、18、婿をもらって、婚 礼に呼ばれた。 おじさん、どうぞこちらへと、上座、床の間の前に座らせら れた。 お茶に、何か浮いていて、変な匂いがする。 俺は飲まなかったが、 ババアがガブガブ飲んで、桜湯だってんだ。 銭かけて贈った茶箪笥が飾って ある、気を遣って。 お光が、きれいな衣装を着て、頭にも何かいっぱい差し て、白い布を羽織っている。 どこかで見たことがあるなと思ったら、箪笥屋 の看板だ。
一間(けん)前で畳に手をついて「おじさん、さて、この度は」と言う。 「さ て、この度は」なんて、学問があるか、綱渡りの口上だ。 そんな啖呵切られ たのは、隣に住んでいたからで、赤ん坊の時は俺の背中でスヤスヤ眠って、し ょうがないから町内グルグル回ったもんだが、立派な娘になった。 ハハハハ ハ、うどん屋、めでたいなァー。 何だよ、お前。 大変おめでとうございま す。 変だよ。 じゃあ、おめでとうございます。 不実な奴は、嫌いだ。 炭、 入れろ。 煽げ。 ホラホラ、熾って来た。
いい商売だ、お前は…。 世間を広く渡り歩いているといえば、お前は仕立 屋の竹を知っているか? おかみさんが愛嬌のいい、娘はお光さん、18、お婿 さんをもらって、婚礼に呼ばれたんでしょう。 お前、あの近所か? 「おじ さん、さて、この度は」と言ったんでしょう。 お前、見てたのか。 そうな んだよ、うどん屋、お前、如才ないね。 お前ンちなんか、くっ付き合いだろ。
水、一杯くれ。 お冷ですか。 (お冷という言葉にからんだ後)水に流す、 謝るなよ、変な屁理屈だった、酔っ払っていて、ごめんなさい。 (水を飲み) 酔い覚めの水、千両と値が決まりってね、いくらだ? 只。 もう一杯ちょう だい。 お前、俺に水飲まして患わせようてのか、子供の頃、神田川に落ちて、 しこたま水を飲んで、病気になったことがあった。 俺が悪い、火に当って、 手が動くようになった、かみさんによろしく。 うどん、差し上げましょうか。 いいね、頭の上に上げるのか。 いえ、召し上がって頂くんで。 只か? 御 足、頂きます。 じゃあ、いらねえ。 お餅はいかがですか。 酒飲みに餅勧 める馬鹿はいないよ。
「なーべやきうどーーーん!」 子供が寝たばかりだから、静かにして! う どん運んでんだか、売ってんだか、わかんなくなる、表通りへ行こう。 (小声で)「うどん屋さん」。 あ、相当の大店だ。 熱くして。 おいくつ? 一つ。 この人は試しなんだ、美味しく作ろう。 どうぞ。 パチパチ(箸を 割り)、フーフー、ヅルヅル(手で口をぬぐう)、フーフー、ヅルヅル、ピチャ ピチャ(汁も飲む)。 おいくら? ここに、置きます。(と、一旦引っ込んで) (小声で)「うどん屋さん、あんたも風邪引いているの?」
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