五街道雲助の「ずっこけ」前半2025/03/06 07:05

 「孔子孟子を読んでは見たが、酒を飲むなと書いてない」 夏は暑気払い、寒い時は腹の底から温まりたいと、花見、月見、めでたい時も、とんだことでの折にも、一杯やる。 あなたとは、よくここで会いますね。 酒がいいし、食い物も美味い。 あなたの注文、中々来ませんね、わたしのでよかったら、一杯いかがで。 さいですか、一杯だけいただきます。 これが出来るのは、酒だけで…。 おしるこ屋。 あなたとは、よくここで会いますね。 いい小豆を使っていて、餅も腰がある。 フゥーーッ、ペチャペチャ! あなたの注文、中々来ませんね、わたしのでよかったら、半分いかがで。 駄目。

 いろいろな上戸(じょうご)がある。 ニワトリ上戸、オットットット、ケッ、ケッコウ! 壁塗り上戸(鏝で壁を塗るしぐさ)。 苦虫上戸、注がないで、注がないで、といいながら飲んで、体を壊してる。 猪口じゃなくて、大きいんで、と口からお迎え、お迎え、もう一杯くれ! 生酔い本性違わず、お勘定になると、頭がはっきりする。 ちょっと高いんじゃないか? お銚子は何本飲んだ、焼き鳥の串の数を見てくれ。 お客さん、串を何本か下に落としました。 家が近いからよく来る。 私も、そう、その先の煙草屋を右に曲がった八百屋の隣で。 私の家も、煙草屋を右に曲がった八百屋の隣、同じだ。 それは、私の家だ。 いいえ、私の家だ。 いいんですか、お客さん同士で喧嘩してるけれど。 いいんですよ、あの二人親子なんですから。

 「酒の無い国に行きたい二日酔い また三日目に帰りたくなる」 酒を断ったら、飲み友達が誘いに来る。 急に止めると、体に良くないよ。 鰹のたたきで、冷や酒をやりに、行こう、行こう。 神様に誓ったんだ、向う一年間。 じゃあ、二年にして、晩酌だけにしてもらったらどうだ。 それなら、三年にして、朝晩やろう。

 居酒屋、醤油樽が並んでる店。 小僧が、看板です、と。 お銚子、お代わりを。 看板なんで。 ちょいと、お代わり。 もう、お客さん一人だけですから。 悪かった、もう一本で帰るから。 火を落としちゃったんで。 冷やでいい。 くれないと、一晩中動かないよ、おじさんは。 お待ちどう様。 お酌しましょうか。 陽気に言え。 色白の、白魚のような指で、あなた、マァーお酌を、というんならいいが、タラコ五本で、徳利鷲づかみの酌は、野暮だ。 冷やでも美味いな、こういう美味いもの、誰が考えたんだろう。 わかりません。 俺も、知らない。

 アーーッ、退屈だな、歌でも歌え。 都々逸なんか、いいのがある。 「明けの鐘ごんと鳴る頃三日月形の、櫛が落ちてる四畳半」。 ああ、そうですか。 合いの手は、アァ、コリャコリャとか、言うんだ。 「婀娜な立膝鬢掻き上げて、忘れしゃんすな今のこと」。 アァーッ、コリャコリャ。 馬鹿にされてんのか。 お前、歌え。 歌えません。 歌わねえと、一晩中動かないよ。 歌います、夕焼け小焼けで日が暮れて、を。 カラスと一緒に帰りましょうって、やつか、よそうよ。

五街道雲助の「ずっこけ」後半2025/03/07 07:14

 看板です。 客じゃない、こいつを連れに来た。 グデングデンじゃないか、熊、熊! 動物園じゃない。 夕方、湯に行ったきり、帰ってこないって、言うんで来た。 兄ィも逃げられなくなったことがあるだろう、俺が悪かった、勘定を払おうと思った時、お金が……、ない!(バンザイする) グリコの看板か。 湯の帰り、前を通ったら、この野郎が「イラッシャーーイ」というんで、フラフラ入った。 二、三本飲んで、お足がないことに気がついた。 知った野郎が来ないかと待っていたが、今まで来なかった。 兄ィが来てくれた、すまない。 いくらだ? そんなに、ウワバミみたいだな、これで頼む。 釣りは、お前にやる。 毎度ありがとうございます。 釣りの分、酒持って来い。 馬鹿野郎。 釣りで、うまいものでも食え。 余ったら、土地でも買え。 アハハハ!

世間様はお休みだ。 飲み直しをしよう。 この店はどうだ、徳利が並んでいる。 瀬戸物屋だ。 バーがある。 交番だ。 ここのバー、電気が点いている。 共同便所だ。 おしっこする。 やって来い。 兄ィも一緒に、関東の連れションベンという。 腰のとこ、押さえてくれないか。 こっちに来い、前へ向け。 下が滑る、両手を壁に突っ張って、トーーチャクーー! このままでは、できない。 兄ィ、前をめくって、左手でつかんでくれ。 ほれ、早くやれ! 急かすんじゃないよ。 ン、ン、ン、止まっちゃった。 兄ィ、号令を頼む、「シィーートト」って、やつ。 やらないと、一晩中、動かない。 シィーー、シィーー、シィーートト、シロ、コイ、コイ、コイ! いい心持だ。 すまねえな、兄ィ、ほんとの親兄弟だって、こんなことはしてくれない。 兄ィのためなら、命あげたい。 でも、長げえことないかもしれねえ、小便がヘソの穴から洩るようになったら、お終めえだ。 お前、フンドシはずしてないな。 腰のまわりがポカポカしてきた。 セガレが温泉につかっているようだ。 この温泉は、草津(臭ツ)温泉だな。

動けなくなった熊の帯を持って、担いで熊の家へ。 お前んとこの亭主、連れてきたよ。 すいません、お世話になりました。 どてらの中にいる。 これ、どてらだけです。 どっかで、ずっこけたか。 大勢、人だかりがしている。 酔っ払いが、フンドシ一本で、威張っている。 友達だと思ったら、追剥だった。 あんな賑やかな所で、騒いでる。 散って、散って! 腕をつかんで、亭主の中身を、連れてきたよ。 フンドシから、はみ出てるものがある。 今度は、セガレがずっこけた。

入船亭扇遊の「肝つぶし」前半2025/03/08 07:23

 今年は昭和100年、私は昭和28年生れなんで、72歳とすぐ分かる。 来年から、わからなくなる。 昭和47年に、扇橋に入門したが20歳前後、楽屋には30代の志ん朝、小三治、60~70代の師匠方がいたが、70歳は貫禄があった。 楽屋は当時と様変わりで、今の72歳は軽い、存在感がない。 楽屋話を捨て耳で聞いていたが、色っぽい話が多かった。 今、ほとんどが参加できるのが、病気の話。 尿酸値を下げる痛風の薬を飲んでいる人が多い。 尿酸値の目標は3.7~7.0なのだが、相手が7.5、こっちが8.2だと、勝ったと思う。

 つぎつぎに新しい病気が出て来て、油断が出来ない。 四百四病というが、四百四病のほかに、恋患いがある。 恋患い、今はない、見たり聞いたりしない。 以前は、女性がおしとやかだった……、今も(と、フォローする)。 男性もなる、清水寺の清玄、桜姫。 (花札でも)合うはずがない、向うが桜で、こっちが坊主。

 民、入るぞ、どうだ、具合は? おいおい……、悪い。 医者に診せたのか。 医者には分からない病気で、俺には分かってる。 どこが悪い? 言わない、言うと、お前が笑う。 笑わないから、言ってみろ。 恋患い。 ウフフフフ。 やっぱり笑った。 ヘソが、くすぐったかったんだ。 相手の女は? 言わない。 生れた時は別だが、死ぬ時は一緒の、兄弟の間柄だ。

 表の呉服屋の前を通ったら、お嬢さんが暖簾から顔を出した。 びっくりするほど、イーーーーイ女なんだ。 16、7、色は抜けるように白く、鼻筋が通って、口元が締まっている。 ふらふらと店の中に入ってしまった。 番頭が何を差し上げましょうというので、ついフンドシを一本と、言ってしまった。 晒しを六尺。 すると、その会話を聞いていたお嬢さんが、晒しを一反、はさみで切らずに差し上げておくれ、私のお小遣いで出すから、と言った。 反物をもらった。 後日、長屋の近所でそのお嬢さんに会ったら、ニコッニコッとして、お宅はどこですか、と聞く。 路地に入って、掃き溜めとハバカリの前だというと、お独りですかと聞く。 お独りではご不自由でしょう。 朝は飯屋で、昼は飯屋で弁当を作ってもらい、夜はまた飯屋で。 私がお宅に伺います、よござんすか、お宅に行ってもというから、いいと言った。

 二人で家に入って話をしようとしていたら、番頭が飛び込んで来て、親御さんが心配している、お嬢さんこんな所に来てはいけませんと、いやがるお嬢さんの手をつかんで、外へ連れ出した。 くやしい、と思ったとたんに、目が覚めた。 はなから、しめえまで、夢なんだ。 呉服屋も夢なのか、呆れたな。 しようがねえだろう、もううっちゃっておいてくれ。 あきらめろよ。 忘れることができない。 そんな馬鹿な話があるか。

入船亭扇遊の「肝つぶし」後半2025/03/09 07:29

 先生。 どうだ按配は? 相変わらずで。 元が分からないと、聞いたが? 夢に見た娘に恋患いだそうで。 えらい病に、取り付かれたな、一命を取られんとも限らない。 ずいぶん前に、読んだことがある。 唐土(もろこし)で、楊貴妃の夢を見て恋患いになった男がいた。 楊貴妃は、時の帝の想い者だ。 忘れさせようとしたが、どんどん痩せ細ってきた。 易者が、亥の年月の揃った生れの者の生き肝を呑めば、病は治ると。 ある罪人が、亥の年月の揃った生れの者で、打ち首になると知る。 自分の家で、首を落として、その生き肝を呑んだら、たちまち癒えたという。 気晴らしをするように、また、顔を出せ。 先生、有難うございます。

 民、えれえ病に取り付かれたもんだな。 俺に、その生き肝を呑ませてくれ。 気をしっかり持って、大事にしろ。

 亥の年月の揃った生れの者、どっかで聞いたことがあったな。 おや、灯りが点いている。 兄さん、お帰えんなさい。 お花か。 観たいお芝居があって、明日行く。 休みをもらったんで、今日はここに泊めてもらおうと思って。 掃除をして、酒も買ってある。 湯呑でもらおう、うめえ酒だな。 刺身もあるのか、銭使わせちゃったな、中トロか、山葵が利いて、目に涙だ。 すまねえな、そうか、近頃、綺麗になったな、好きな男でも出来たか。 そろそろ所帯を持たなきゃ、お花、幾つになる? 亥の年月の揃った生れよ。 そうか、お前、因縁だな。

 さっき民の所に寄って来たんだが、患っている。 治してやりたい。 親父とお袋が死んだ時、俺が11、お前が7つか8つ、途方に暮れた。 二人を引き取って、育ててくれたのが、民の親父だ。 俺に職人の道を教え、お前に女一通りのことを教えてくれた。 恩返しをしたいと思っていたが、死んじまった。 民の病を治してやりたい。 お花が急に命を落とすようなことがあっても……。 兄さん、泣き上戸になったの。 明日、早いんだろ、先に寝な。 そうするわ。 枕屏風を立てて、お花が寝た。

 兄貴は、いくら飲んでも、酔わない。 出刃包丁を研ぐと、妹の枕元へ。 お花、勘弁してくんな。 実の妹を殺して、義理の弟を助ける。 お前の命をくれ。 民が良くなったら、俺も後を追う。 胸元を刺そうとして、涙がお花の顔に落ちた。 ワァーッ! 私を殺そうとするの! 聞いてくれ、出刃包丁の芝居を観て、真似をしたんだ。 アァ、びっくりした、殺されるかと思って、肝をつぶしたわ。 それじゃあ、もう薬にならねえ。

三笑亭夢丸の「胡椒のくやみ」2025/03/10 07:04

 夢丸、にこやかに登場、本日の息抜き担当、すぐに帰ります、と。 最近は、いろいろな所でやり、客も多岐にわたる。 相手が日本語に堪能な中国人、上級者、中級者、初心者と三公演。 初心者の同時通訳は島田先生、先生が訳すと、ドッカーーン、ドッカーーンと受ける。 俺、いらないんじゃないか、と複雑な気持。

 日本語学校の仕事。 いろいろの国の人がいる。 まず紙切り、昔ながらの手妻、これがいい男でもてる。 へたな高校生より日本語がわかる。 最初に落語の説明をする。 お決まりのしぐさ、蕎麦をすする、音を立てるのが、ひどく嫌がられる。 文化が違う。 手拭で、鼻をかむ、これは今までで一番受けた。 見るのは、世界共通。 習字も上手い、毛筆できれいな字を書いて貼ってある、一枚だけ下手くそなのがあった、去年も来た手妻のマジシャンのだった。

 万国共通なのは、お葬式で、神妙で、しんみりしている。 ヘラヘラは、悪げがなくても、評価が下がる。 こっちへ、入れ。 源兵衛だろう、開けて、入れ。 アッハッハ、ウフフフフ! アーーッ、可笑しい。 お邪魔しました。 何か用があったんじゃないのか。 用があってきたんだろ? うちの大家さんが今朝、ケロッと死んだ、ウフフフフ。 カエルじゃない。 大家さんが死ぬんだね、アハハハハ。 お前、ずっと笑ってるが、世話になったんじゃないのか。 悔やみの一つも言いに行きたいんだけれど、弔いに入れてくれない。 いつもヘラヘラしているからだ。 それに、悔やみの言い方がわからない。 どうしても、行きたい。 このたびは、大家さんが亡くなりまして、ご愁傷様です、と言えばいいだろう。 やっぱり、行くな、ヘラヘラ笑っていちゃあ、張り倒される。

 そうだ、悲しいことを思い出せばいい、三年前、お父っつあんが亡くなったな。 ほがらかな親父だった、笑っちゃう。 死因が、笑い死にだった。 遺伝だな。 そうだ、胡椒の粉がある。 何でも取っておくもんだ。 なめて、そのまま、悔やみを言ってみろ。 ズズズーーーッ、何だこれ、ハッハッ、ハックション! このたびは、ハッハッ、ハックション! 大家さんが亡くなりまして、ハッハッ、ハックション! ご愁傷様です、ハッハッ、ハックション!  出来てる。 おっかあ、水を。 これで、流し込め、すっきりする。 その薬を、ちょうだい、大家さんちで、やってくる。

 お悔やみは、聞き取れないぐらいの小さい声で、ボソボソ言って、手を合わせる。 私より先に逝ってしまわれて、いずれ私もそっちに行きますので。 じゃあ、失礼します。 あの人、上手えな。 本番だから、いっぱい飲んで。 ハッハッ、ハックション!  大家さんが、ハッハッ、ハックション! 源さんかい。 このたびは、ハッハッ、ハックション! 水、下さい。 亡くなりまして、ウッウッ!(と、水を飲む) ウチの人が亡くなって、どうしたってんだい? アァ、すっきりした!