幻の鳥鍋屋さん ― 2006/06/12 07:14
食べ物の話つながりである。 閑居している上、酒も飲まないから、その手 のおいしい店を知っているわけがない。 例外的に、連れて行ってもらうこと がある。 湯島に「鳥栄」という知る人ぞ知る鳥鍋屋さんがある。 ラブホテ ルの建ち並ぶ中に、戦前からの日本家屋が一軒だけ、夢のように存在している。 ご家族でやっている。 二階に座敷が三つ、全体でも二十人ぐらいしか入れな い。 こんなところに書いて大丈夫かって…、行こうと思ったって、予約の取 れる店ではない。 私はなくなったU先生のつながりで、かろうじて行けるの である。 先日も思い出の会のごときものがあって、行くことができた。
箱火鉢の五徳の上に、すき焼に使うような平たい鉄鍋がのっている。 まず 備長炭か、真っ赤に熾した大量の炭火を持ってくる。 最初は水(だろうか)を 張り、ちいさなグラスに入れた透明の液体を注ぐ。 せんにいたおばあさんに 何かと尋ねると、「サリンです」と答えた (それ以前は「トリカブトです」と、 言っていたそうだ) 。 大皿に入れて持って来るのは、一口大のささみ、肝、 豆腐(かすかに焼き目が入っている)、白ねぎのざく切り。 能書きは一切ない から分からないが、軍鶏だろうか。 それを鍋を囲む四、五人が自分たちで鍋 に入れる。 あまり間をおかず、つまり半生の柔らかいうちに、大根おろしに 醤油をたらしたものにつけて、ホッホッと食べる。 薬味に山椒がある。 終 ったところで、味の出たスープに、塩を少々入れて飲む。 スープが減った分 は、その都度足すように、だし汁(最初の水もこれか)が用意されている。
次は、つくねである。 鶏肉を包丁で徹底的にたたいたものに、すばらしい 色をした玉子の黄身がのっている。 それを混ぜて、小さなだんごになるくら いの量を、さきほどの鍋にたらす。 これも、大根おろしに醤油をたらしたも ので食べる。 あとは、ご飯とお香香。 鍋のスープをかけ、好みで塩を足し て、お茶漬のようにして食べる。 これでコースは終り、満腹、だれもが満足 する幻の美味なのだ。 平成十八年、たたずまいに始まる、そのすべてがここ にあることが、一夕の夢なのかもしれない。
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