昼寝・水無月・枇杷2006/06/13 07:52

 鳥鍋屋さんの二階の窓から、すぐの所に枇杷の木が見え、実がなっていた。  子供の頃、枇杷を食べて、あのつるりとした大きな種を埋めておくと、ちゃん と芽が出てきて、そこそこの木になるのであった。 ちょいと陰気な木だし、 実のなる木を庭に植えるのは、よくないという言い伝えもあったようで、あま り歓迎されないらしいのに、東京でもそこここの家の庭に枇杷の木があったの は、そうした簡単さのゆえだったかもしれない。

 「昼寝」から覚めて、岩波新書リニューアル後の一冊、ネンテン坪内稔典さ んの『季語集』をめくる。 稔典さんが「昼寝」するのは、大阪と京都を結ぶ 三十数分間の弱冷房車の中だそうだ。 佛教大学の教授だそうだから、お住ま いからそこまで通うのだろう。 掲出句に「はるかまで旅してゐたり昼寝覚 森 澄雄」があった。  「水無月」を、陰暦六月の呼称としてでなく、菓子の名前として紹介してい る。 六月の京都で食べる、ういろうに小豆を散らした菓子だ。 なぜ六月の 菓子かの説に、(1)盛夏に朝廷に奉っていた氷室の氷の形を模した、(2)夏越の 祓い(六月の晦日)に食べて半年間の邪気やけがれを祓った、の二説があった。  近年、京都の文筆家、駒敏郎さんが第三の説、商才に長けた菓子屋が戦略的に 売り出したとする陰謀説を出し、稔典さんはそれを採る。 「陰謀と知って食 べるちょっとした心の余裕、それがまさに水無月のほどよい甘さだから」と。  「水無月の二つで四角こともなし 火箱游歩」

 そこで「枇杷」だが、何かと取り合わせると、印象が実にあざやかになる果 物だ、という。 「黒衣より掌(て)を出し神父枇杷をもぐ 津田清子」「枇杷熟 れて夜も繋がれて白き犬 長谷川かな女」を、その例として紹介し、稔典さん 自身の句もあった。 「びわは水人間も水びわ食べる」