中津とのご縁 ― 2006/06/22 07:33
中津の相良照博さんが送って下さる文化総合誌『邪馬台』の2006年夏号を 見て驚いた。 相良さんの「『丁丑公論』について(四)」が掲載されている前 のページに、「福沢諭吉と郷里中津のブログ」という囲みがあって、「福沢研究 家として横松宗先生を偲んだ文が、馬場紘二氏のホームページに発信されてい ます。 3.26~3.28 小人閑居日記 http://kbaba.asablo.jp/blog」という『邪 馬台』編集部による紹介があったからだ。
3月末にその日記を書いた後で、プリントにしたものを相良さんに送った。 すると、横松宗先生の知子夫人からお葉書を頂戴した。 横松宗先生とその著 書をインターネットで取り上げたことを、喜んでくださった礼状だった。 早 速遺影に供えましたが、夫はさぞかし感謝していることと存じます、とあって 恐縮した。 横松宗先生逝去後の「福沢の本を読む会」は、相良照博さんが講 師となって続けられていて、知子夫人も出席されていること、この会の続くこ とが横松先生の願いであったことも、書かれていた。
この『邪馬台』夏号のブログ紹介を見た、中津の何人かの方々が、パソコンで「轟亭の小人閑居日記」を覗き、「福沢」のカテゴリーをクリックして下さっ ていることを想像するのは楽しい。 東京と中津とは、地理的に離れているけ れど、ここでは一瞬の世界である。 そして福沢が、もしいたら、インターネ ットをどれだけ喜んだことだろうか、と思わずにいられない。
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