「向島」と「橋場」、地名の由来2009/03/06 06:49

 脱線して「橋場」という地名の由来を書きたいのだが、その前に島でない「向 島」をなぜ「向島」というのだろうか。 「向島」というのは、古くは海浜で、 須崎、寺島、牛島、庵崎(いおさき)などの洲や島があった。 それらの諸島 を江戸から見て、「向う島」の名で呼んでいたのだろう、という。

 「橋場」は、隅田川を吾妻橋・言問橋・桜橋と上って、その上の白髭橋の手 前、現在の台東区橋場一丁目、二丁目のあたりだ。 古くは、石浜といった。  伊豆で敗れた源頼朝が安房に逃れて力を養い、大軍を率いて葛飾から隅田川を 渡って府中に進出しようとした。 その時“関東の大福長者”といわれた江戸 太郎重長が、自分の縄張りうちの通過を拒否して、この石浜に陣を張った。 こ のため、頼朝は隅田川の対岸に釘づけされて、一歩も進めなかった。 さんざ んいやがらせをした上で、頼朝に恩を売ることにした重長は、一挙に三千艘の 舟を集めて、一列に並べて結び、板を渡した舟橋を架け、頼朝の軍勢を渡して やったのだという。 それで舟橋を架けたここが「橋場」と呼ばれるようにな った。  どちらも北村一夫さんの『落語地名事典』(現代教養文庫)にある話だ。

志の輔のマクラ「旭山動物園見学記」2009/03/07 07:17

 志の輔は、落語研究会は普通の落語会と違う、という。 普通は前の演者の 作った熱気に乗せられて、あとから出るほど楽だ。 ここは収録の関係で、出 る演者ごとにリセットし、自分の分を立ち上げろ、という感じになるという。  客席からは流れによって、しばしば盛り上がりを感じるから、志の輔個人の思 い込みだと思うのだが…。

 「雛鍔」のマクラで旭山動物園へ行ってきた話をする。 ちょうど映画『小 三治』の翌日、マキノ(津川)雅彦監督の『旭山動物園物語 ペンギンが空をと ぶ』を観たところだった。 年間300万人の来園者があるという旭山動物園は、 ほかの動物園とどこが違うか、志の輔はまず「でかい」という。 それぞれの 動物のいる檻と檻の間が離れている。 ほかの動物園だと虎のすぐ横に狸がい たりするが、旭山ではつぎの檻に行くのに15分ぐらい(?)歩く。 その歩 く間にリセットして、新しい動物の世界に入れる、という。

 ペンギンのパレード。 ペンギンの姿勢の良い(その恰好をして見せる)の に驚く。 蝶ネクタイが見えるようだ。

 アザラシが、何十頭もダラーッと寝そべっている。 だが地下に入ると、透 明の太いパイプがあって、魚眼レンズのように大きく見えるその中を、アザラ シが猛スピードで上下して見せる。 今までダラーッと寝そべっていたのが、 やる時はやるんだよ、という顔をして…。 動物は客に気を遣うのだ。

 ホッキョクグマ。 ふつう白熊というが、ホッキョクグマが正しい。 白熊 というより、茶熊に近い。 白熊というのは、エアコンの関係で言っているだ け。 二頭がダラダラしている。 もう少し客が集まってからにしようと、し ばらく経って甘咬みを始める。 プールを地下から見ていると、ガラスも割れ んばかりに、飛び込んでくる。 「驚いたか」という顔をして、観光客の心理 を熟知しているかのようだ。

 その極致がオランウータン。 母親が赤ん坊に乳をやっている。 赤ん坊は よく見えない。 女子高生の団体が来て「カワイイ」などと騒ぎ出すと、母親 は赤ん坊をクルッと、こちらに向けて、見せる。 女子高生たちが、一斉にケ ータイで写真を撮る。 どうやれば、人が喜ぶか、見事に読まれている。  子供は、気を遣わないからカワイイ、好き放題にやるからカワイイ。 とい うところから、「三太夫!」と志の輔は「雛鍔」に入った。

昇太の「時そば」2009/03/08 07:27

 昇太は、いつものように走らずに、静かに出て来た。 名人ぶっているので はなく、転んで足を挫いたのだという。 きのうまでは松葉杖だったが、きょ うから杖にしたら、ひとの扱いがまるで違う。 病院に行った。 病院では個 人情報保護法の関係で、名前でなく「108番さん」と呼ぶ。 看護師さんが「108 番さんは、身長は?」、「108番さんは、体重は?」と訊く。 「108番さんは、 テレビに出ていますよね? 昇太さんですよね」となって、先生も笑いながら 診察、明るい感じになった、という。

 昇太の「時そば」は、新機軸だった。 与太郎が見ていて真似するのではな く、二人の兄弟分が、弟分が八文、兄イ分が七文持っていて、そばを食う。 一 杯だけ注文するので、そばやが「お連れさんは?」と訊くと、「いらない、犬や 猫を生のまま食うような奴だ」という。 兄イ分が一人で食べて、弟分がさか んに袖を引っ張る。 残っていたのはたったの三本だった。 弟分は、それを チューチューと吸う。 三本目は短くて、チュ。 そこで、「時そば」の勘定と なる。

 あくる日、弟分が小銭を持って、それをやる。 一人で行ったのに、袖を引 っ張られたりするあたりが、たまらなく可笑しい。 昇太の新機軸は、大成功 だった。

圓太郎の「文違い」2009/03/09 07:23

橘家圓太郎は、落語研究会では初めてのトリ、しかも「文違い」はネタおろ し、つまり初演だという。 圓太郎は、師匠小朝ゆずりの軽妙さが取り得だ。  マクラに時事ネタなどを、うまく取り込む。 噺家はサービス業、せめてここ だけはちゃんとやらなければいけない。 天才のように、この一打席に賭けなければ、と。 風邪薬をいっぱい飲んで、腰痛も心配なので、その薬も飲んで、 乾杯の酒をゴクンと飲んだりしてはいけない。 口づけも外側だけにして、ナ カガワはいけない…。  自分の噺をDVDに録ったりして稽古するのだが、調子のいい日は円生を越 えてしまうことがある。 男と女、うぬぼれから、いろんなことが起る、と「文 違い」に入った。

 「文違い」、けっこう難しい噺なのだ。 志ん朝のそれが鮮やかな印象に残っている。 半ちゃんという間抜けな江戸っ子、おすみという花魁、喜助どんと いう若い衆、在から来る角蔵というお大尽、由次郎という色男、いろいろな登 場人物を描き分けねばならない。 事実が手紙によって顕れて来る物語展開も、 きちんと聴かせなければならない。 初めてのトリの上に、大ネタの初演、そ のプレッシャーが、圓太郎の軽妙さを殺いでしまったように思われた。 いつ の日か、円生を越えたのを聴きたい。

枇杷の会・百草園吟行2009/03/10 06:52

 7日の土曜日は、枇杷の会の百草園(もぐさえん)吟行だった。 雨と雨に はさまれた日だったが、心掛けのよい人が集まっているのか、幸いによく晴れ た。 明大前で京王線に乗り換えると、「梅まつり」で準特急も百草園駅に臨時 停車するという。 早めに着くことが出来た。 百草園は初めて行った。 何 となく平地の庭園を予想していたのだが、入口までも松連坂という急坂を登り、 庭園自体も多摩丘陵を利用した地形だった。 展望台に登ると、梅林や雑木林 越しに新宿や池袋の高層ビル群が望める。 宮崎駿監督の『耳をすませば』の 景色なのであった。 高幡不動の句会場で、私の出した句は、次の七句。

吟行へ急ぐ車窓は春の光

春風に帽子取られて禿頭

春の風多摩の竹林きらきらと

車椅子の母に見せんと梅まつり

いい女独り来て撮るしだれ梅

まんさくの咲いて人間枯れてくる

新宿の見えてゐるなり谷の梅

 百草園で二時間ほどを過ごす内に、花粉症気味になってきて、鼻水が出てく る。 それに比例したのか、成績もぐずぐず、五票しか入らなかった。 「多 摩の竹林」を啓司さんと孝治さん、「禿頭」と「いい女」を貴聖さん、「新宿」 を英主宰が〈新宿の見えてゐるなり谷に梅〉と添削して採って下さった。 「谷 の梅」では、自分のいる場所が高い位置にならないというのだ。 ごもっとも で、勉強になる。