三遊亭遊馬の「大工調べ」後半2020/02/06 07:24

 大家さん、ずいぶん因業なことを、大声で。 因業大家で通っている、大き な声は地声だよ。 帰ってくれ、冷めてえ水で顔洗って出直せ。 あと八百、 持って来ておくれって、言っているんだよ。 道具箱は渡せないよ。 ドン!  いらねえよ、丸太ン棒! 丸太ン棒とは、何だ。 目も鼻もない、血も涙もね え野郎だから、丸太ン棒ってんだ。 このアンニャモンニャ、昔のことを忘れ るな。 てめえはな、どこの馬の骨だか、牛の骨だかわからねえ人間で、この 町内に流れてきやがって、使い走りをしていて、六兵衛が死んだから、そこに いる婆ア、六兵衛のカカアの所に、芋洗いましょう、薪割りましょうとか、お べっか使って、ズルズルべったりにくっつきやがって。 六兵衛の焼芋屋さん は、本場の芋でもって、薪を惜しまねえから、ふっくらして旨いと評判だった のに、てめえの代になってからは、バチな芋を使いやがって、薪も惜しむから、 生焼けのゴリゴリで、てめえンとこの芋食って、腹下して死んだ者ァいくらも いらあ、この人殺しーーッ! 大家が道具箱を帰さないんだと、お奉行様に訴 えてやる。

 棟梁、喧嘩はよくねえよ。 与太、お前も何か言ってやれ。 ポンポーンと 言うんだ。 ヤーイ、大家さん。 大家でいい。 ヤイ、大家、店賃を取るの は……、お仕事で、ご苦労さん。 何、言ってんだ。 てめえンとこの芋は、 生焼けのゴリゴリで、何度も便所に通ったよ、紙、返せ。

 駆っ込み訴えに通うけれど、お役所は堅い。 町役を通して訴えろ。 その 町役を訴えるんだから、毎日、毎日、与太郎が駆っ込み訴え。 根負けして、 願書を見て驚いた。 二十日の間、道具箱を留め置かれ、老母一名養い難し。  大岡越前守様の登場。 最近は、大岡様と言っても、わからなくなった。 セ ンター試験には、出ない。 そこで手立てを考えた、「大岡越前守とは、加藤剛 です」。

 一両二分八百のところ、与太郎は一両二分持って参り、八百はアタボウだ、 言い尽(いいづく)だったら、只でも取れるなどと申します。 悪口雑言だが、 しかし源六、何かの間違いであろう。 のう、与太郎。 ちゃんと、言いまし た、こんこんと教えてやりました。 大工政五郎、八百を与太郎に貸し与え、 与太郎はその八百を源六に渡せ。 源六、店賃の形(かた)に、道具箱を預か り置いたのだな。 その通りでございます。 金子の形に品物を預かり置くに 必要な、質株は所持しておるか。 ムッ……、所持しておりません。 本来、 重罪であるが、訴え人が店子である。 預かり料、大工の手間賃は二十日でい くらになる。 政五郎、与太郎に代わって申し上げます。 ざっくばらんに申 せ。 日に十匁、二十日で五両になります。 源六、金子で五両、与太郎に支 払え、日延べ猶予は相ならんぞ。 一同の者、立ちませえ!

あっ、これ、政五郎だけ、ちょっと待て。 政五郎、短気は損気、無言は金、 五両はちと儲け過ぎではないか。 名お裁きで、「細工は流々仕上げを御覧じろ」 にございます。

三遊亭歌武蔵の「柳田格之進」前半2020/02/07 06:59

 黒紋付に、縦縞の袴の歌武蔵、トリらしく、新年のお慶びを申し上げます、 TBS落語研究会を本年もよろしくお願いします、と始めた。 武士は、主君の 為には命を落とす。 江州彦根藩士柳田格之進、清廉潔白、真面目過ぎるのを、 さすがに煙たがれ、上役の讒言でお役御免となり、江戸浅草阿部川町の裏長屋 住まいをしている。 娘のお絹に勧められ、気晴らしに材木町の碁会所へ出か けた。 浅草馬道一丁目の大きな質屋、萬屋源兵衛と相手になる。 毎日、打 っていると、お互いに気が合う。 手前どもに、お越しになりませんか。 じ ゃあ、お邪魔いたそう。 立派なお宅、十畳の離れで、何番か打って帰る。 い ずれ世に出た上は、お返しもできよう。

 八月十五夜、月見の晩に、お嬢様もと誘われたが、着た切り雀で、着て行く 着物がなく行かれない、柳田一人で行く。 月見の宴、一つこんなことをと、 奥の離れで碁を打つことになる。 一番勝って、一番負けた。 宴に戻る。

番頭さん。 柳田様もご機嫌のご様子でしたね。 先ほど、お渡しした小梅 の水戸様からの五十両、いかがいたしますか。 お店の帳簿に付けるか、旦那 のお小遣いにするか。 膝の上にあったが、おかしいね、ないね。 離れを、 もう一回、見て来ておくれ。 ございません、もう探す所がないんでございま す。 ない、煙草盆にもないか。 ことによると、柳田様がお持ちになったん では……。 よしな、そんなお方ではない、あんな立派な方はいない。 しく じって、ご浪人をなさっているのでございましょう。 考え過ぎだ、私の小遣 いの方にしておいてくれ。 やっぱり阿部川町の方に…。 いいよ。

番頭は悔しくてしかたがない。 自分で調べようと、翌朝早く、ごめん下さ いませ。 萬屋さんのご支配か。 ちょいと、お尋ねしたいことが。 その五 十両がなくなった、二人なので、何か判るのではないか、柳田が盗んだという のか。 黙れ、酔っていたとはいえ、煙草入と金包みを間違えることはない。  ご存知ない、左様でございますか。 それまででございます、お上に届けます、 お調べを受けることになるかもしれませんが。 奉行に届けるのか、致し方な いな、その五十両、拙者が出そう。 盗んではおらんぞ、その場にいたのは、 私の不運、明日の昼過ぎまでに整えておこう。

柳田は一通の手紙を書き、絹、番町の叔母様の所に届けろ、泊めてもらって、 明日帰って来るがよい。 父上、どうぞお腹を召すことだけは、お留まり下さ いますよう。 聞いておったか、お前に隠し事はできんな。 お腹をお召しに なるのは、無駄でございます。 私に考えがございます、親子の縁を切ってい ただきとうございます。 吉原とやらに身を沈ませて、五十両を作ります。 盗 らぬものなら、かならず他から出ます、萬屋源兵衛と番頭徳兵衛、両名をお斬 りになって、武士道をお立て下さいますよう。

長屋の女衒が、吉原の半蔵松葉に世話して、絹の器量に百両で話がまとまり、 五十両が届く。

三遊亭歌武蔵の「柳田格之進」後半2020/02/08 07:05

 明くる日、五十両だ、萬屋、持って参れ。 脇でこしらえたものだ、後日他 から出た折には、どうする。 お詫びの印に、こんな首でよろしかったら、う ちの旦那、源兵衛の首と二人、一緒に差し上げます。

 旦那様、五十両が出ました。 どこから出た? 柳田様がお持ちになったよ うで、出すっておっしゃって。 五十両、どうぞお受け取り下さい。 余計な ことをするんじゃないよ、よしんば柳田様がお持ちになったとしたら、よくせ きのことだ。 返してきなさい。 いや、一緒に行こう。 二人が柳田の長屋 へ行くと、裏の戸も釘付けで、親娘はいなかった。 ああ、惜しい友を無くし た。 家主も行く先を知らず、いろいろ探したが、一向に見つからなかった。

 去る者日々に疎し。 八月十五夜の晩に五十両がなくなった年の、暮の二十 八日、萬屋は煤掃き、大掃除だった。 旦那、大変です、貞吉が額の裏から、 お金のようなものを見つけました。 五十両、そうだ、あの時、はばかりに立 ったんだ、額の裏に挟んだ。 そうか、柳田様はいったいどうやって五十両を …、どうする、探しておくれ。 よした方がよろしいかと、首を差し上げると 言いました。 そんな首、差し上げたらいい。 旦那の首も、と申しました。  仕方がない、番頭の粗相は、主に帰ってくる。 黙ってましょう。 どうやっ て五十両をこさえたのか、盗人の汚名を着せて、そのままにはできん。 みん なで探そう、見つけた者には、褒美に三両出す。 みんな出世の為だと、探し 始める。 観音様に願をかけ、お百度を踏む。 境内の易者が、きっと見つか ると言う。

 一陽来復して四日目、番頭の徳兵衛、鳶頭をお供に、山谷のお得意に年始回 りに行った帰り、湯島の切通しにかかる。 下から駕籠が一丁、身分の高い者 が乗るあんぽつの駕籠の横に侍が立つ、坂なので降りたのだろう、宗十郎頭巾 に羅紗の長合羽、柄袋の両刀を手挟んだ、立派なお武家だ。 すれ違う。 萬 屋の御支配、徳兵衛ではないか。 柳田格之進様、お久しゅうございます、大 変なご出世で。 心に欲せぬことがあって、伺えない、古巣に帰参が叶って、 三百石頂いておる。 湯島の境内で、一献やろう。 鳶頭、柳田様だ、旦那に 言っといてくれ。 見つかって、春から縁起がいい、早桶か線香立か贈りまし ょう。

 柳田と徳兵衛、天神様に入る、徳兵衛はお閻魔様に入るよう。 徳兵衛、す ってんと転んだ。 一献参る前にお話が、昨年暮の煤掃きの時に…。 出たか、 何たる吉日なるぞ。 時に、その折、約束したことを覚えておろうな、 明日、 昼過ぎに萬屋方に参ろう。 ゆっくりと湯に入って、首の垢を落しておけよ。

 鳶頭から聞いたよ。 番頭さん、明日の朝、品川へ使いに行ってくれ。

 柳田は黒紋付、二本差して、進物を抱えて、これはつまらぬものだが、とや ってきた。 早速ですが、お話がございます。 番頭徳兵衛は、老いたお袋と 二人でございまして、徳兵衛の命だけはお助け下さい。 私だけを、お斬り下 さい。 徳兵衛、何だ、使いに行かなかったのか。 旦那様は、あの時、行く なと申したのに、私の一存で、柳田様の所に参ったのでございます。 私だけ を、お斬り下さい。 黙れ、黙れ、今さらそのようなことを申して何とする、 両名とも討ち果たさなければ、娘絹に申し訳が立たぬ。 あの五十両、娘絹が 身を落してこしらえた金だ。 えーい、という掛け声とともに、床の間の碁盤 が真っ二つ。 両名を斬らんとしたが、主従の情を目の当りにして、柳田の心 が揺らいだ。 両名を助けてつかわす。

 吉原に身を落していたお絹を、番頭と鳶頭が吉原に行って、身請けをして帰 って来る。 娘も、両名の者を許してくれと申して居る。 今だったら、裁判、 慰謝料、何とかしてよ、という話になるけれど…。 父上がよろしければ、絹 に異存はございません。 やがて、絹と番頭が夫婦となって、萬屋源兵衛の夫 婦養子になったという。

「コソアド系」[昔、書いた福沢209]2020/02/09 07:56

          「コソアド系」<小人閑居日記 2005.1.12.>

 暮に届いた『福澤諭吉年鑑31 2004』を、ぼつぼつ読む。 進藤咲子東京 女子大学名誉教授の「勝海舟の談話語―『海舟語録』を資料として―」が興味 深い。 晩年の勝海舟が『海舟語録』でしゃべっている体言、動詞・指定表現・ 補助用言の用例を洗い出して、江戸言葉から東京語への変遷の過程を考察して いるものだ。 体言では、江戸語以来の普通語・俗語として、田舎ツポウ、(学 問が)淵博、嚊(かかあ)、ケチ(ケチーとも)、七両二分(江戸時代間男の謝 罪金額)、なんぼ、馬鹿奴、やかましや。 明治のことばと考えられるのが、間 (あい)の子、演説、海軍卿、機会的、金貨本位、元勲、御陪食、参議、シヤ ツ、征韓論、政府病、全権、大臣、勅任、藩閥、貧民、文明、明治政府、野蛮、 理想、猟官、憲法、雑居(内地雑居)、(文明の)流儀、などだという。

 代名詞の用例を挙げたところで「コソアド系」の語を使う場合が多い、とあ った。 「コソアド系」という言葉を知らなかった。 アチラ、アノ、アレ、 アレ等、コチ、コツチ、コノ方(ほう)、ソレなどだから想像はつくが、『広辞 苑』を引く。 「(国語学者佐久間鼎による命名)「しじご(指示語)」参照」と ある。 そこで「指示語」とは「物事を指し示す機能を持つ語。「これ・それ・ あれ・どれ」「こう・そう・ああ・どう」の類」。 老人になると多用する語だ。  そこで新しい言葉を思いついた。 「コソアド系」老人。

機密探偵報告書/福沢派の動静[昔、書いた福沢210]2020/02/10 07:04

     機密探偵報告書/福沢派の動静<小人閑居日記 2005.1.13.>

 『福澤諭吉年鑑31 2004』に研究資料として、寺崎修福澤研究センター副 所長と都倉武之武蔵野学院大学助手の連名で、「史料 機密探偵報告書/福沢派 の動静ほか―明治十四年政変前後、明治二十年保安条例前後―」が載っている。  前書きによると、政府の密偵の探索対象となったのは、主として政党、結社、 新聞社、私立学校などで、福沢諭吉は、明治政府にとってもっとも危険な人物 の一人で、誰よりも監視を必要とする民間のキーマンであった、という。 探 偵報告書をみれば、福沢本人ならびに周辺の人々、交詢社、時事新報社、慶應 義塾がいかに密偵に注視されていたかがわかる。

 23通の資料の内、大半を占める20通は「三島通庸関係文書」。 三島通庸が 警視総監だったのは知っていたが、在任期間は明治18年12月から明治21年 10月であった。 こうした探偵書の類は焼却処分するのが通例で、本来、残存 することがきわめて稀なのであるが、三島が警視総監在任中に没したため、未 整理のまま大量に残ったのではないか、という。

 「福沢門人各県派出国会演説大意」「福沢派の情況」「福沢諭吉の談話」「時事 新報社内の状況」「交詢社大会ノ件」「金虎館(高知県人経営で高知県人が多く止 宿していた旅館)景状」「井上角五郎ニ関スル探聞書」「慶應義塾生徒退塾ノ件」 「時事新報記事ノ出所」など、表題を挙げただけでも、いかに細かく探策して いたかがわかって恐ろしい。 現在の「公安調査」も、こんなことをやってい るのだろうか。