春風亭一之輔の「帯久」下2023/04/09 07:15

 大岡越前守の御白洲。 一同の者、揃いおるか。 和泉屋与兵衛、武兵衛。 帯屋久七。 町役人、五人組。 和泉屋与兵衛、帯屋に火を付けたとの訴えだが、相違ないか? この手がおのずと動いたのでございます。 十年前までは、立派に商いをしておりました。 帯屋に二十両貸しました、その後三十両、五十両、七十両と貸し、みな返済を受け、暮に百両貸したのでございます。 帯屋が百両を返しに来た時、席を外したのが私の粗相でした。 武兵衛に店を持たせてやりたいと、帯屋に無心に行き、煙管で額を打たれ、鉋屑に火を付けたのでございます。 私がみな悪いのでございます、どんな咎(トガ)でも受けます。

 帯屋久七、百両を返したのか? まことに返済いたしたのか? しかし、どうだろう、そこには和泉屋も家内もおらん、そのまま置いておいては物騒だと思い、懐に入れ、家に帰り、失念して、十年経ったのではないか? 思い出せ、百両返したか。 ではな、帯屋、右手の人差し指と中指を紙で包み封をし、そのままにしておれ、ものを思い出すまでな。 破けると、獄門打ち首だ。

 これは大変、箸が持てない、湯に入ると紙が破けて、獄門打ち首だ。 見張っている奉公人、見ている奉公人が数珠つなぎ。 三、四日経つと、番頭が、あきらめましょう、百両返しましょう、と言い出す。 おおそれながら、と訴え出る。 思い出したか、二通りある。 未だ、返しておりません。 封を取れ。 助かった、有難い。 百両、持参致したか? その百両の利子、利息はいかがいたしたいか。 無利息でございます。 たわけたことを申すな。 守より申す、十両の利息でどうか、一年で十両、十年で百両。 百両! 持ち合わせはないか。 半分の五十両、守で立て替える。 五十両、いち時に払うか、分割か、年賦か、月賦か? 年十両では……、もそっとご勘弁を。 年五両、三両…、年一両ではどうか。 年一両で願います。 相(あい)、分かった。 和泉屋、百両、五十両、年一両を帯屋から受け取れ。 よいよい、手を上げろ。 貸借はこれで済んだ。

 火付けの件は、まだだ。 和泉屋、その方、火あぶりの刑に処す。 帯屋は喜んで、どうぞこんがりとお焼き下さい、と。 和泉屋、面を上げろ、火あぶりの刑に処すが、帯屋からの年一両を、受け取った後に、火あぶりに致す。 五十年後の火あぶりだ。 帯屋、すぐに火あぶりにするなら、五十両払うと申すか。 最前、年一両で願いますと、申したではないか。 守の御裁断を、ないがしろにする、たわけ者め、下がっておれ。

 和泉屋、余の裁きに不平はあるか。 あろうはずがございません、有難いお裁きにございます。 五十年後の火あぶり、覚悟致せ。

 これ、武兵衛、こちらへ。 元の主を、労わってやれよ、よいな。 和泉屋、これに。 その方、つくづく不憫な奴だ、幾つにあいなる? 六十一でございます。 還暦か、本卦がえりだな。 今は、分家の居候でございます。