湖に年代の物差し「年縞(ねんこう)」2023/07/19 07:11

 木簡のことを書いていた折に、「木簡の年輪年代学」や学生時代のクラブでご指導いただいた西岡秀雄先生の『寒暖の歴史 気候700年周期説』(好学社)の法隆寺の柱など木の年輪研究について触れ、さらに湖に年代の物差し「年縞(ねんこう)」<小人閑居日記 2018.12.16.>というのを書いていたので、再録しておく。

     湖に年代の物差し「年縞(ねんこう)」<小人閑居日記 2018.12.16.>

 「木簡の年輪年代学」を興味深く読んでいたら、12月3日の朝日新聞朝刊「科学の扉」に、「湖に年代の「ものさし」」という記事が出ていた。(川原千夏子記者) 長い年月の間に、プランクトン、黄砂などが湖や海の底に堆積した層の描く縞(しま)模様を「年縞(ねんこう)」というのだそうだ。 福井県の名勝「三方五湖」の一つ「水月湖(すいげつこ)」の「年縞」は、乱れが無いことから地質学や考古学で年代を測定する世界標準の「ものさし」となり、研究者から「奇跡の湖」と呼ばれているという。

 なぜ奇跡なのか。 水月湖は「年縞」が形成される環境としては理想的で、直接流れ込む河川がなく、湖底に生物が生息していないため降り積もった泥の層が乱れない。 また、一定の水深を保つため、7万年もの長期間、「年縞」を形成し続けることができた。 これほど長い期間、連続した「年縞」がある所は世界でも例がないという。

 1991年から水月湖の研究に取り組んでいる立命館大学古気候学研究センター長の中川毅教授は、湖底をボーリング調査し、45メートル分の連続した「年縞」を採掘した。 9月、三方湖のほとりにオープンした「福井県年縞博物館」でガラスの額縁に展示されている。 縞の1層が1年に相当し、1層の厚さは平均0・7ミリ、ざっと計算すれば約7万年分だ。

 出土品の年代を決める方法として用いられるのが「放射性炭素年代測定法」だ。 質量数が14の放射性炭素(C14)は、大気中に一定の濃度で含まれ、半減期が約5730年、生物体にほぼ同濃度に取り込まれる。 死んで大気と炭素の交換が止まった生物の体内では、C14は一定のペースで減少していく。 その残量を測定することで生存年代を算出できる。 化石や木片、土器に付着した穀物などの年代分析が可能だ。

 時代によって大気中の放射性炭素の量にばらつきがあるため、同じ生物でも時代によって体に含まれる放射性炭素の量が異なる。 年代を正確に算出するには、年代ごとのC14の濃度を正確に突き止める必要があり、正確なC14の量を把握した「ものさし」が必要だ。 そこで、全世界で使える統一した「ものさし」を作る国際プロジェクト「IntCal(イントカル)」が立ち上がり、1998年に最初の換算表が発表された。 現代から1万2550年前までは木の年輪を「ものさし」としたが、問題は樹木の残らないそれよりも古い年代だった。

 そこで役に立つのが「年縞」だ。 泥の層の中には湖に落ちて沈んだ葉が含まれる。 そのC14の量を測定すれば堆積した当時の大気中のC14の量が測定できる。 しかも、「年縞」は1年に1層形成されるため、いつの年代のものなのか正確に分かるのだ。

 中川毅教授らのグループは、2006年に採取した水月湖の「年縞」の所々に含まれていた葉約500枚のC14年代を測定した。 その結果、年代とC14濃度の関係に正確さが増し、その誤差は100年を切るまでになった。 水月湖の7万年分の「年縞」データは、2013年のIntCalで世界標準の「ものさし」に採用された。 7万年という期間は、人類の祖先がアフリカを出て、全世界に広がった時代と重なる。 それで従来、ネアンデルタール人は約3万年前に絶滅したと考えられていたが、4万145±885年前とする説が浮上した。

 今年6月、ノルウェーで開かれた国際会議で、水月湖のデータを上書きする形で、中国のフールー洞窟にある鍾乳石の「年縞」に含まれるC14のデータが次のIntCalにされることが決まった。 米カリフォルニア大などによる成果で、圧倒的なデータ量が決め手になったという。 中川さんは、「年縞」には葉より花粉が連続的に含まれているはずだと、試料1センチごとの花粉のC14の量を分析中で、全体の3分の1ほどの分析を終え、次々回のIntCalの改定(2024年になる見通し)で「必ず返り咲く」と意気込んでいるそうだ。