さん喬「雪の瀬川(下)」の(下) ― 2012/01/27 05:03
年の瀬が迫って、毎日、天気の日が続く。 忠さん、雨が降らないね。 除 夜の鐘、元旦、七草、松が取れても、天気が続く。 一月の中頃、黒い雲が出 て、白いものがハラハラ。 忠さん、雪だ、来るね、来るだろ。 借金取りで すか。 そうじゃない、瀬川、雪でも来るだろう。 お勝は、大家さんの親戚 に初産の娘さんがいて、泊まり込みで手伝いに行っている。
夕方になると、江戸中が真っ白になった。 いま、何どき? 暮六つを打ち ました。 来るね、来るって言っておくれよ。 いま、何時? あれから一と 時も経ってません。 お見えになるといいですね。 いま、何時? 今、暮六 つから二た時ほど過ぎた所です。 忠さんは、本を書き写している。 古河(こ が)で大旦那に言われ、毎晩、字を教えて頂いたおかげ。 本を書き写して、五 文になる。 いま、何時? ほら、何時って、書いちゃった。 若旦那、おや すみなさいな。 いま、何時? 忠三は、掻巻を掛け、蜜柑箱の上に寝たふり をする。 忠さん、いま、何時? 寝ちゃったのか。 鶴二郎も、蒲団に入り、 寝入ってしまう。
雪は、降り続いている(下座で、雪が降る太鼓の音)。 サクッサクッ、忠三 さんのお宅は、こちら様でございますね。 ここを、お開け下さい。 只今、 と、凍てつく戸を、がさがさっと開ける。 一丁の駕篭が、闇の中を逃げるよ うに消えて行く。 お待たせいたしました、どちら様で。 頭巾をかぶり、大 小を手挟んだお侍。 大小を鞘ごと土間へ置くと、合羽(?)を脱いだ。 燃え るような緋縮緬に(知識がなくて、大事な、ここの着物の描写が書けないのが残 念)、御納戸献上(博多)の帯、緑の黒髪があふれ出た、まるで雪女郎が降りて来 たような美しさ。 忠三さん、ざあますな。
鶴二郎が、転がり落ちるように、土間へ。 瀬川、瀬川、よく来てくれた、 寒くはないか、命をかけて、よく来てくれた。 私のために、辛い、切ない思 いをさせました、お許し下さいませ。 切ないことも、苦しいこともない。 寒 くはないか。 あい、寒くはござんせん。 舞い込んだ雪が、虫がとまるよう に瀬川の黒髪について、すーーっと消えて行く。 鶴二郎が、瀬川の肩に手を かけ、二人は土間に座り込む。 二人の嬉しそうな姿を、忠三が見つめている。
二人は、江戸中の雪が解ける頃、夫婦になることを許されるのだった。
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