水村美苗さんに『中国の衝撃』を教わる ― 2014/08/28 06:37
水村美苗さんの『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で―』(筑摩書房)を 読んで、その読書ノートを日記に書いたことがあった。
「英語が〈普遍語〉となりつつある」<小人閑居日記 2011. 2.10.>
日本近代文学の奇跡<小人閑居日記 2011. 2.11.>
まずは日本近代文学を読み継がせること<小人閑居日記 2011. 2.12.>
図書館に行ったら、水村美苗さんの『日本語で書くということ』(筑摩書房) があったので、借りて来た。 「「もう遅すぎますか?」―初めての韓国旅行」 という一文が興味深かった。 水村さんは、12歳でアメリカで暮すようになってから(20年間と、最近朝 日新聞連載の聞き書き「人生の贈りもの」にあった)、自分が東洋人であること を意識するようになったという。 日本人である自分が西洋人ではないことを、 ほんとうの意味では知らなかったのだ。 だが、その無知は自分個人のものだ けでなく、歴史的なものでもあった。 近代日本の黎明期、「脱亜入欧」という スローガンを明治政府が掲げ、伯爵だの子爵だの聞き慣れない称号をもつ人た ちが、似合わない夜会服を着て鹿鳴館に集まったのは事実である。(私は水村美 苗さんが、「脱亜入欧」のスローガンを掲げたのを明治政府として、福沢の名を 出さなかったのを良しとした。) 中国思想研究の第一人者である溝口雄三氏の 言葉で言えば(私は寡聞にして、溝口雄三氏を知らなかった)、「圧倒的に多数 の日本人は誰もが自分たちは西欧文明圏に属していると思っている」(『中国の 衝撃』、2004年)ということになる。
水村さんが30年ほど前に夏休みで一時帰国し、友人の家に泊っていた時、 一緒にテレビを見ていた友人の母親が、「韓国人て、なぜこんなに韓国人ですっ て顔をしているのかしら」と言った。 ここに近代日本の優越感と、そこから 生じる誤謬のもとがある。 ほかのアジアに先駆けて「近代」を手に入れた日 本は、ほかのアジアに先駆けて金持になり、金持になった特権として、長い間、 唯一「西」の陣営にいれてもらってきた。 日本人は、長い間、唯一の「名誉 西洋人」―honorary Westerner だったのである。 水村さんはアメリカで、 日本という地を離れて初めて見えてくる秘密、日本人と韓国人の薄気味悪いほ どの近さを知ったという。 アメリカで暮らすようになってまず驚いたのは、 中国人がいかに日本人と似ているかということだった。 だが、韓国人の近さ は、中国人の近さとは、また一段とレヴェルのちがう近さだった。 中華料理 を食べていて、あ、日本人がぞろぞろ入ってきたなと思うと、それは韓国人の 一群だった。 中国人を特徴づけると自分には思われる太々しさとも鷹揚さと もいえるものがなく、身体の動かしかたや表情がどこか内にこもって固い。 道 を歩いていて、あ、日本語が聞こえると思うと、それは韓国語だった。
だが、近代日本を動かしてきたのは鹿鳴館以来の「脱亜」精神である。 日 本人から見て「亜」に属する人たちと自分がそっくりなのを認めるのは、「名誉 西洋人」としての自分のアイデンティティーを危うくする。
しかし、すべてはここ15年ほどで、音を立てて変わってしまった。 こと に、中国という国が世界市場の中央舞台に躍り出たのが決定的であった。 1980年代には四小龍と呼ばれる、韓国、香港、台湾、シンガポールがめざまし い経済成長を遂げ、次に東南アジアが続いた。 もちこたえられなくなった冷 戦構造がやがて破綻を迎え、地球のほとんどが資本主義に覆われようになった。 もう「名誉西洋人」である意味もなくなってしまった。 だが、日本が「脱亜」 という路線を少しずつずらしてゆき、自分が「亜」に属することを折々積極的 に口にするようになったのは、人口13億以上と言われる中国が世界市場に参 加し、その破格な規模での経済成長がこの先いかに人類の運命を左右するかが 見えてきてからである。 さきの溝口雄三氏によれば、今世紀の半ばには、日 本という国は、果てはヒンドゥー教、ラマ教、イスラム教などの地域も含む、 大きな「環中国圏」の中の一つでしかなくなるであろうという。 「にもかかわらず、まだ大半の日本人はこのことの深刻さに気づいていない。 そして日本=優者、中国=劣者という構図から脱却していない。その無知覚こ そが日本人にとっての「中国の衝撃」である。衝撃として自覚されないがゆえ に、衝撃は日本人にとって深刻なのである。」(『中国の衝撃』)
轟亭
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