ゾウガメ先祖代々受け継がれてきたにおいの記憶2022/05/05 08:03

 ダーウィンとビーグル号を見送ったあとしばらくして、ドリトル先生は帰国を考え始めた。 ガラパゴスの領有権はエクアドルに帰属して一応安心だし、島の生き物たちもこの先なんとか保全されていくだろう、調査も一通り終えたので、研究の成果もまとめ上げなくてはならない。

 そんなとき、ゾウガメのジョージが仲間から便りがあったと言う。 ナルボロー島で新しい火山活動があり、溶岩が噴き出したあと一時休止し、がらんどうの穴が相当奥深くつながっている。 その風のにおいをかいだ仲間が、そのにおいは100万年ほど前に起きた噴火のときと同じだといっている。 実際の経験でなく、ゾウガメには世代を超えて受け継がれる歴史の記憶があるのだ、と。 生まれてすぐに食べ物のありかがわかり、危険から身を守り、そしてまた先祖代々受け継がれてきたにおいの記憶、それは遺伝子の外側にあるものだ。

 ドリトル先生は感心して言う。 その遺伝子の外側にあるものが、生物をより環境に適応するように行動させ、また環境に対しても主体的に働きかける動機になるわけだ。 ガラパゴスを守るため、ゾウガメの体内にある真珠の『まもり石』の話をでっちあげたのだけれど、それを聞くと、『まもり石』もあながちイマジネーションの産物とも言えない。 遺伝子を真珠の核とすれば、その核を包み込む真珠の層は、遺伝子の外側にあるもの、ということができる。 そして、それは真珠が世代を超えて育まれていくように、さまざまな環境の記憶を宿しながら、生物から生物へ引き継がれていく。 『まもり石』はほんとうにゾウガメの生命の体内にあるんだ。 『まもり石』は、生命を高め、生命を支える主体性の原動力かもしれない。 そう考えれば『まもり石』こそが生命進化の源泉と言えるものなのだ。

 火山活動でできた穴から吹き上げてくる風のにおいとは、希ガスに違いない。 地球の内部にはかなり重い物質が詰まっている。 マグマは、ドロドロに溶けた熱い鉄の塊だ。 全部が全部同じ塊ではなくて、ところどころに裂け目や空洞や穴があったりする可能性は大いにある。 奥底の空洞のひとつには希ガスがたまっていて、その一方の穴は、ここガラパゴス諸島に、もう一方の穴はイギリスの鍾乳洞につながっているということは十分に考えられる。

 この穴から物質を落とすと、地球の引力に引き寄せられて、まず真っ逆さまにに穴の底に向かって落ちていく。 でも物質がちょうど穴の真ん中の希ガスだまりに達すると、今度は、向こう側の穴に向かって逆に上っていくことになる。 それは引力に逆らうことになるから、ものすごい速度で落ちていた物質は、だんだん速度を緩めることになる。 そして向う側の出口に達したとき、ちょうど速度はゼロになる。

 ゾウガメが言う。 なぜ、そんな穴のにおいの記憶が世代を超えて引き継がれているのか、考えていた。 ひょっとすると何百万年も前、ガラパゴスの溶岩トンネルは、アジアかアフリカのどこかの火山や洞窟とつながっていて、祖先のカメが、えいやっと飛び込んだのではないか。 前後の見さかいもなく、ただ自分の運を試してみたのでは…。