ドリトル先生一行の超特急イギリス帰還2022/05/07 07:10

 ゾウガメのジヨージが、お連れしたい場所があるという。 自分の人生の終わりが近づいたカメだけが来るカルデラ、大きなすり鉢形の穴だった。 底には無数の丸い甲羅が積み重なっている、ゾウガメの墓場だった。 甲羅の多くは長い年月の風雨にさらされ、真っ白になっていた。 1メートルから大きいものは2メートル近くあった。 ジヨージは、カメの甲羅で耐熱性のシップを作らせようとしているのだ。 これが地球トンネルの熱に耐えられることは、ガラパゴスにやってきた最初のカメが証明してくれている。

 ドリトル先生とスタビンズくんは、自分の身体のサイズの甲羅を見つけ出した。 焼き鳥になるのはごめんだというポリネシアは、スタビンズくんの方に入ることにし、ヨハネスも入れる。 甲羅の穴は、破片を拾って内側からはめ殺しにする。 入り口側には、いくつかの破片を組み合わせてハッチを作った。

 スタビンズくんたちが、先に行くことにし、帰ってこなければ、次の便でドリトル先生が行くことにした。 ゾウガメたちが、引っ張ったり押したりして、甲羅シップを希ガスの穴に落とし込んだ。 すーっと、奈落の底に落ちていくのがわかった。 自由落下とともに速度がどんどん加速していった。 真っ逆さまに落ちていく感覚とともに、同時に、奇妙な、浮遊するような感じに包まれた。 それは快感、ぞくぞくするような爽快感だった。

 しばらく気を失っていたようだ。 目が覚めると、薄明かりの中で小さな目がたくさんのぞき込んでいるのがわかった。 何匹ものコウモリたちの顔だった。 スタビンズくんは、手足をのばして、ゾウガメの甲羅からはい出した。 ポリネシアも元気で、ヨハネスも大丈夫だった。 ヨハネスが無事帰ってきたことに、仲間のコウモリたちは大歓声を上げた。

 ドッカーン、大きな音がして、何かが穴の中からせり上がってきた。 穴に挟まったまま止まった、慌てて駆け寄って、ちょっとだけ頭を出しているカメの甲羅を外しにかかった。 中で黒いものがごそごそ動いている。 こんなときでもちゃんと燕尾服を着て、シルクハットをかぶっているドリトル先生だった。

 ドリトル先生は、コウモリたち、特に勇敢な地球トンネル初旅行(哺乳動物における。地球史では先にゾウガメたちがいた。)を成し遂げたヨハネスに、心からお礼を言った。 今回は、気球に入れる希ガスを見つけるところから始まって、ガラパゴスでアタワルパの〝涙〟を借りられたのも、こうして超特急でイギリスに戻って来られたのも、みんな君たちコウモリのおかげだ。 コウモリは哺乳類の中で唯一、空を制した生物だからね。 かのレオナルド・ダ・ヴィンチも君たちに最大の敬意を表して、スケッチを描いている。 ダ・ヴィンチも君たちみたいに自由に空を飛びたかったに違いない。 かわりに、私たちは地下をひとっ飛びしてきたわけだ。

 エクアドルとガラパゴスの、その後についてだ。 フロリアン大統領とロドリゲスは、なんどもガラパゴスゾウガメからアタワルパの〝涙〟をいただこうとして、なだめたり、すかしたりした。 しかし、ゾウガメたちを怒らせてしまえば、すべてが水泡に帰してしまうことも十分わかっていた。 ロドリゲスはエクアドル一のガラパゴス通になったが、フロリアン大統領はまもなく政争に巻き込まれ暗殺されてしまった。 ともかくガラパゴスは、一度も他の国に荒されることなく、エクアドル国によって守り続けられたのであった。

 ドリトル先生は、ガラパゴスの旅の唯一の記念品として、ルビイがホンモノをもとに戻した後、回収してきてくれた模造品の真珠玉を、書斎の本棚の上に貝殻や骨の標本とならべて、無造作に置いていた。 それは今も、ピンク色の妖しい光を反射している。 スタビンズくんは、胸の奥にチクリと痛みを感じていたが、あの夜のルビイの告白を誰にも話さないことに決めたのだ。 さまざまなことを勉強し、じつにいろいろなことを知った。 その結果、知らないほうがいいこともあることを知ったのだった。 大人になったのだ。

 4月19日から、19日間も書くことになった「福岡伸一の新・ドリトル先生物語『ドリトル先生 ガラパゴスを救う』、これでめでたく結末を迎えた。 昔、『リーダーズ・ダイジェスト』という雑誌があった。 一年間の新聞連載を19日間でダイジェストした出来栄えはどうだったろうか。 やっているほうは、けっこう楽しかった、福岡伸一さんに感謝である。