落語の季節感 ― 2006/06/02 08:10
5月31日は、第455回の落語研究会。 暑い日であった。 二か月前に定 連席券を獲得するために行列した時の寒さを思い出し、このたった二か月の間 の気候の変化にあらためて驚くのであった。
「宮戸川」 三遊亭 歌彦
「蛙茶番」柳家小太郎改メ 柳亭 左龍
「青菜」 柳家 権太楼
仲入
「松曳き」 五街道 雲助
「鰍沢」 柳家 さん喬
落語にも、俳句と同じように、豊かな季節感がある。 「青菜」は夏、水も きれいに打ち、仕事をし終わった植木屋に、大家の主人公が上方で「柳陰」関 東で「直し」と呼ぶ冷えた酒に、「鯉の洗い」をごちそうする。 「よく冷えて ますな」「それはお前さんがずっと日向で仕事をしていて、口の中にまで熱を持 っているからだよ」といった会話がある。 「蛙茶番」の素人芝居は年中やっていて、特に季節はないようだ。 ヒキガ エルが出るのは啓蟄以後、湯に行ってさっぱりして、ケツをまくるのだから、 やはり夏、今頃のことかもしれぬ。 「松曳き」には、はっきりとした季節は 出てこない。 でも、おそらく松を植え替えられる時期というものがあるだろ う。 盆栽なら、春秋のお彼岸の頃が植え替えの時期と知っている。 庭の木 も同じなのかもしれない。
長々とそんなことを書いたのは、「鰍沢」がまったくの季節はずれだったから だ。 主人公は、雪の中で道に迷い、あやうく凍え死にそうになる。 最後に 逃げるのも、一面の雪の中を、こけつまろびつ、兎が跳ねるようにかき分け、 かき分け進む。 雪庇を踏み外して、富士川の釜が淵に転落するのだ。 さ ん喬が一生懸命やったわりに、伝わらなかったのは、季節の選択を誤ったこと もあったのかもしれない。 雷が出るから今頃の噺かと考える「宮戸川」も、締め出しを食って、泊まる ところを探すのだから、本来は冬の話だそうだ。 ふつうお花がしくじるのは、 カルタのせいだが、歌彦は、そのへんを考慮してか、友達の家で本を夢中にな って読んでいて、とやっていた。
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