吉村昭さんの流儀と城山三郎さん2022/08/28 07:43

 谷口桂子さんの『吉村昭の人生作法 仕事の流儀から最期の選択まで』(中公新書ラクレ)に、同僚や先輩の作家などとの交流の話がある。

 城山三郎さんは、同じ昭和2(1927)年の生まれで、吉村昭さんが亡くなった翌年の平成19(2007)年に79歳で亡くなっている。 吉村昭さんは、70歳になる何年か前から朝目覚めると「幸せだなあ」とつぶやくのを常とするようになった。 「どこも痛くなくて病気でもなくて、ああ、俺は幸せだな」と。

 70歳で書いたエッセイに、「数年前からあることに気づき、それは信念に近いものになっている。/働きざかりの人で、突然病いにおかされ、短期間に死を迎えることがある。そうした人の中には、精神的に大きな苦しみを背負っていた人が多いような気がする。」(中略)「私は、病いは気からという言葉がある通り、精神的なものが病気に大きく影響し、発病をうながす重要な要因になっているように思えてならない。/そうしたことから、それを私は十分に意識し、自分のいましめとしている。/生活は、波風の立たぬように日頃から心掛けている。」      (「病は気から」『わたしの流儀』)

 「幸せだなあと思う」というより、「思うようにしてる」なのだ。 そう思っていたら、そうなる。 自分に暗示をかけているのだ。 「幸せだなあ」とつぶやくことで、気分が明るくなり、今日も一日仕事をしっかりしようと思う。

 「今日は快晴で、書斎の窓から見える空には雲一片もない。こんな青く澄んだ空を見ることができるのは生きているからで、生きていなくては損だとつくづく思う。」                        (同)

 城山三郎さんが対談で、「不幸せだなと思うことはないの?」と、聞いた。 「ない」と答えている。

 吉村昭さんは、取材でなく調査と言っていたが、長崎には百七回行っている。 日本でいちばん好きな地は? ときかれて、人情が厚く、食べ物が美味な長崎をあげている。 長崎では一度たりとも不快な目にあったことがなかった。 だからといって観光などしない。 長崎では、大浦天主堂も興福寺も行ったことはなく、図書館と飲食店が並ぶ思案橋界隈しか足を向けない。 「それは文士らしい流儀だな」と、城山三郎さんに感嘆されている。