入船亭扇遊の「鰍沢」後半2024/03/13 07:25

 お熊は酒を買いに出る。 入れ違いに、片手に荷物、片手に提灯、毛皮の半纏に、めくら縞のかるさんを穿いた、亭主の連三郎が帰って来る。 お熊、今、帰えった。 火が消えてるじゃあないか、また一本松の婆あの所で、くっ喋ってるんだろう。 玉子酒か、亭主の留守にこれだよ、こんなに残してもったいないじゃないか、冷めたのは生臭えな。 ベロベロ、余計寒くなってきた。 見慣れねえ、廻し合羽に三度笠がある。

 かんじき踏み込んじゃった、開けておくれ。 お前の酒を買いに行ったんだ、開けとくれよ。 アッ、何だこれ、お熊、苦しい。 どうしたんだい、顔色が変わっている。 この玉子酒、飲んだのかい。 残らず飲んだ。 飲んじゃいけないんだよ、毒が入っているんだよ。 亭主を、殺す気か。 江戸の旅人で、胴巻に百両持っているのを見た。 しびれ薬を入れたんだが、底の一番濃いところを、お前さんが飲んじゃった。

 奥でそれを聞いた新助、何とか起き上がろうとするが、身体がしびれてきた。 いざるようにして雨戸に体を預けると、雨戸が倒れて、外に転がり出る。 小室山で授かった毒消しの護符を、雪と一緒に飲み込むと、体が利いてきた。 こけつまろびつ、雪の中を逃げる。

 お熊は、鉄砲を持って追って来る。 青白い月に、切り立った断崖絶壁が迫る、鰍沢だ。 お熊は、火縄の火をちらちらさせながら、迫って来た。 後ろは鉄砲、前は崖。 新助がしゃがみ込むと、雪庇とともに崩れ落ちて、ちょうど山筏の上に落ちた。 衝撃で、繋いであった藤蔓が切れて、流れ出す。 南無妙法蓮華経! 大岩にぶつかる度に、藤蔓が切れて、最後は丸太一本になった。 入江に、丸太が入り込んで、ホッとすると、崖の上では、お熊が立膝をして鉄砲を構えている。 バーーン! 眉をかすって、後ろの岩に、カチン! 有難い、お材木(お題目)で助かった。