三遊亭圓朝「闇夜の梅(穴釣三次)」の言葉から ― 2026/04/04 07:30
実は、矢野誠一著『新版 落語手帖』で「お若伊之助=因果塚」を見つける前に、永井啓夫著『三遊亭圓朝』(青蛙房)で「お若伊之助」がないか探したのだった。 「作品解題」の≪怪談噺≫には、「真景累ヶ淵」「怪談牡丹燈籠」「鏡ヶ池操松影」「怪談乳房榎」しかなく、≪落語≫にも「鰍沢」「大仏餅」「黄金餅」「死神」「心眼」「士族の商法」「にゅう」「世辞屋」「笑い茸」しかなかった。 《人情噺》《芝居噺》《伝記物》にも、それらしいものはなかった。
本棚には、森まゆみさんの『円朝ざんまい』(平凡社)という本もあった。 この本もざっと見たのだけれど、それらしいものは見つからなかった。
矢野誠一さんの【成立】にあった「三遊亭圓朝作と伝えられるが、疑問視するむきが多い。」というのが、正しいのだろう。
そんなことで、森まゆみさんの『円朝ざんまい』に脱線する。 この本、副題は「よみがえる江戸・明治のことば」という。 冒頭の章は「闇夜の梅 円朝、来し方の秘話」である。 「闇夜の梅」は、永井啓夫『三遊亭圓朝』の「作品解題」では《人情噺》にあり、「穴釣三次」という副題がついている。
その[梗概]、「浅草三筋町の紙商甲州屋は後家お杉が営んでいる。手代粂之助は主家の娘お梅と通じたため、頭の口利きで店を出される。
谷中長安寺の住職をしている兄玄道の許に立ちのいた粂之助を追って、お梅は上野三橋まで来る。夜釣りの男に逢い、長安寺の門番だとだまされてかどわかされる。
翌日、千駄木の植木屋九兵衛と名のる男がお梅の巾着を証拠に現われ、粂之助に兄の金八十両を持ち出すようすすめる。
不忍池にお梅の死体が発見され、甲州屋の番頭は粂之助を怪しむ。お梅の巾着や盗んだ寺の金八十両があらわれ、粂之助は玄道に追求される。
そこへ現れたのは夜釣りの男――実は下谷で名高い盗賊穴釣り三次で、話の中に玄道の弟、粂之助の兄であることが知れる。
お梅殺し、その他の悪事を後悔した三次は自訴して三宅島へ送られる。
刑をすませて帰ってからは兄玄道の弟子となり、長安寺の後住となる。また甲州屋は粂之助が継ぐことになる。」
森まゆみさんの『円朝ざんまい』、副題に「よみがえる江戸・明治のことば」とあるように、円朝の使っていた言葉に注目する。 紙商甲州屋のある浅草三筋町についても、「三筋町があるから、其側(そのそば)に三味線堀といふのがあるなどは誠にをかしい、それゆゑ生駒(いこま)といふお邸(やしき)があるんだなんぞは、後から拵へたものらしい。下谷があるから上野があつて、側に仲町(なかちゃう)がありまして上中下と揃つて居る。」と、円朝の速記を引いて、つぎのように説明している。 「三筋町は、桟町(さんまち)ともいった。浅草と下谷との境であって、かつては鳥越神社の社地で、道路が三本きれいに通っている。三味線堀はそのとおり三味線の形をしていた。三味線の糸は三本、糸と胴の間にはさむのが駒、円朝はどこまでも言葉遊びを忘れない。」と。
お梅という十七歳のお嬢さんが、たいそうな別嬪(べっぴん)で、粂之助という心根は優しく、しかも美男の立派な手代と仲が良く、どうも夜中しのんで会っているらしい。 「円朝はデキテルなんて不粋な言葉は使わない。『事によつたら深い贔屓(ひいき)にでもしてゐはせぬか知ら』と母は心配するが『気の付きやうが遅かつた』のである。」 「ほかに作中、「子細(わけ)」「懇(ねんごろ)」といった奥行のある言葉が使われる。これがはっきりすれば「あやしい情交(なか)」「私通(いたづら)」「不行跡(ふしだら)」。なんと多彩なのだろう。」
最近のコメント