老後の初心2006/03/17 08:02

 瀬戸内寂聴さんは、佐渡での世阿弥の生き方が、どうやって老齢を見苦しく なく、力いっぱい生きるかのヒントになるのではないか、と考える。 「時分 の花」というのは、年令に応じた輝き方があるという世阿弥の言葉だそうだ。  「花鏡」に「是非初心忘るべからず、時々(時々の) 初心忘るべからず、老後(老 後も)初心忘るべからず」とある。 番組の中で観世榮夫(ひでお)さん(78)が、 年を取ってから芸の工夫によって、30センチで1メートル飛び上がったと同じ 効果を出す、「それで人を納得させるような技法を、反省して身につけておくの が初心」「老後の初心はとても大切」と、話していた。 世阿弥は「老い木に花」、 花は咲くゆえに珍しくて、散るから面白い、とも言っているそうだ。

 世阿弥は、佐渡にただ一つ鬼の面だけを持参していた。 観世流の能は、悪 霊をはらう鬼と翁、宗教的芸能・大和猿楽がルーツだった。 松岡心平東大教 授の話が挿入された。 世阿弥、中年までの幽玄論(ユーゲニズム)の能では、 自分たち本来の芸である鬼がないがしろになっていた。 六十過ぎて翁の世界 に入ろうとする(出家後の世阿弥の法号は、至翁)。 翁と鬼は表裏一体で、祝 福する時は翁、祟る時は鬼。 世阿弥は、自分の作ってきた幽玄の世界に鬼の 要素を加えて、もっとスケールの大きな世界に作り替えようとしたのではない か。

「命には終りあり、能には果てあるべからず」(「花鏡」)  佐渡で孤独と 向き合い、自分の心の中の修羅(憎しみ、悔しさ、呪い、嫉妬、恨み)を見つめ て、最晩年に極めたいという気持があったのではないか。 それが最後に到達 したプライドではなかったか。 そのあたりが瀬戸内寂聴さんが執筆中の256 作目の小説『秘花』のさわりらしい。