「薄氷(うすらひ)」レポート2007/02/15 07:16

 私の「薄氷(うすらひ)」についてのレポートをかいつまんで書いておく。  「氷」といっても冬の季題ではない。 春さき、薄々と張る氷をいう。 「淡 雪」を春季とするのと同様の感じである。 また解け残った薄い氷を「残る氷」 という。 「春の氷」ともいう。 「うすごほり」という表記を載せている歳 時記もあるが、「薄氷」の方がはかない、淡淡とした感じがあって、「うすごほ り」というと、少し厚いニュアンスになろうか。 石田波郷・志摩芳次郎編『新 訂 現代俳句歳時記』(主婦と生活社)には「池や沼に厚く張っていた氷が、春 暖かくなると、解けて薄くなる。ときには割れ目が生じ、ぬるみかけた水面に、 縮緬様の水皴(みしわ)が生じるのを見る。手水鉢などの氷はうすくなって、 すぐに割れる」とある。

 歴史的に見ると、「薄氷」を春の季題としたのは近代以後であって、古典和歌 においてはもっぱら冬のものとして詠まれた。 『万葉集』にはすでに大原桜 井の「薄氷」を「うすらひ」(原文では「宇須良婢(うすらび)…当時、婢は濁 音の仮名」)と訓(よ)んだ歌「佐保川に凍りわたれる薄す氷の薄き心を我が思 はなくに」があるが、「薄き心」にかかる序の部分で、季節感を表現するもので なかった。 平安中期になると、明瞭に春の季節感がみられる歌も現れ、春の 到来の喜びを表現するのに用いられるようになるが、基本的には冬の季題だっ た。

連俳(連歌と俳諧)でも、冬の季語としていた。 『日本大歳時記』(講談社 版)の山本健吉によると、春の季題としたのは、虚子の「薄氷の草を離るゝ汀 (みぎは)かな」(明治32年)あたりからである。 改造社版『俳諧歳時記』 (春の部、虚子編、昭和8年)には「薄氷」はないが、『新歳時記』(虚子編、 昭和9年)には春の題として挙げてある。

うすらひの張りためらへる如くなり   深川正一郎 (A)

薄氷の草を離るゝ汀(みぎは)かな   高濱虚子 (B)

薄氷の裏を舐めては金魚沈む      西東三鬼 (C)

うすらひは深山へかへる花の如     藤田湘子 (D)

薄氷ひよどり花のごとく啼く      飯田龍太 (E)

「薄氷(うすらひ)」の例句を30句拾い出し、「薄氷」をどういうふうに扱 っているか、勝手に分類してみた。 「薄氷そのもの」を詠んだのは1句しか ない(A)。 「薄氷を動かした」5句(B)、「日の光を当てた」4句、「上に風 や声が渡る」2句、「何か乗せた」5句、「裏から見た」2句(C)、「時間の経過」 4句、「場所や周辺」5句、「はかなさ・幻」2句(D)だった。 30句の内、「う すごほり」と読ませたのは4句だけだった(E)。

コメント

_ 松桐 ― 2007/02/17 07:08

連歌師心敬は「氷ばかり艶なるはなし。苅田の原などの朝のうすこほり、古りたるひはだの軒のつらら、枯野の草木など、露霜のとぢたる風情、おもしろく、艶にもはべらずや」と、その書「ひとりごと」に記しています。余談まで。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
「等々力」を漢字一字で書いて下さい?

コメント:

トラックバック