「エロイーズとアベラール」2012/08/26 01:16

 エロイーズは、フランスはパリのノートルダム大聖堂参事会員フュルベール の姪で、1098年ごろに生まれた。 芳紀まさに20歳の1118年頃、当時の著名な神 学者で初期スコラ哲学者、P. アベラール39歳(1079-1142・ラテン名ペトル ス・アベラルドゥス)を家庭教師にしたが、恋に陥り、二人は密かに結婚して 男の子をもうけた。 怒ったエロイーズの親族によって、二人は引き裂かれ、 アベラールは去勢された。 アベラールはサン・ドニ修道院に、エロイーズは アルジャントゥイユの女子修道院に入った。 しかしアルジャントゥイユの女 子修道院が解散したため、アベラールはパラクレトゥス女子修道院を建ててエ ロイーズに与え、彼女はそこの院長になった。 ふたりの愛を示す往復書簡は 有名だというが、私はまったく知らなかった。 死後アベラールのかたわらに 埋葬されたという。   

アベラールは、(何だかわからないが)普遍論争における唯名論派の祖。 ロ スケリヌス、シャンポーのギヨーム、ランのアンセルムス(というまったく知 らない人々)に学んだ。 その思索は、論理学(弁証論)から聖書解釈、神学、 倫理学に及び、精緻な議論は、のちのスコラ的方法の基礎になったという。 主 著は『論理学』『然りと否(シック・エト・ノン)』『わが不幸の物語』。