台所鬼〆の「芋俵」2012/07/01 02:00

 26日は国立小劇場、第528回の落語研究会だった。 5時にいつもの天婦羅 屋さんに行くと、「準備中」の札、声をかけると夏時間で(意味不明)5時半か らだという。 その場に5人揃ったので、強引に入り込んで30分待つことに し、奥さん(経営者か)のやったことのないらしい生ビールから、おつまみな しで始める。 日にちを言って、次回は開けてもらうことにした。

「芋俵」         台所鬼〆

「青菜」         春風亭一之輔

小佐田定雄作「幽霊の辻」 桂平治

         仲入

「巌流島」        入船亭扇遊

「錦の舞衣(上)」     柳家喬太郎

台所鬼〆(だいどころおにしめ)は、女でなく男、柳家花緑の弟子だそうだ。  四十デコボコ、ゲジゲジ眉に、歯が出ていて、肩がつっぱらかっている。 黒 っぽい着物に、薄い生成りの羽織。 台所を名乗っている以上、キチンとやら なくては、と言って、拍手をもらい、国の建物で拍手されるなんて、これだけ で引っ込んでもいいかな、と喜ぶ。

世の中、仲間と組んで、計略してやると、面白いことが出来る。 自分はケ ータイを持っていない。 電車の、以前はシルバーシートと言っていた席、オ レンジの吊皮、ケータイ禁止の所で、(心臓にペースメーカーを埋め込んでいる ふりをして)苦しみ出してみたい。 そして友達が騒ぐ。 でも、実行に移せ ない。 友達がいないから。 この中で、一人くらい一緒にやってみようとい う方がいたら、後で楽屋口に来て、ケータイの番号を教えて下さい。 後日、 公衆電話から電話をして、計画をたくらむことにしましょう。 こういう悪(ワ ル)の気(ケ)のある人がやるのが、泥棒、と「芋俵」に入る。

三丁目の木綿問屋に入ろうと、二人組の泥棒が、計略を練る。 芋俵を買っ て来たが、釣銭をもらうのを忘れたから取りに戻るのでと、一人が隠れた芋俵 を預けておいて、夜中に中から鍵を開ける計画。 芋俵を担ぐのと、中に入る のと両方は出来ないから三人目、松公、松馬鹿が中に入る。 まんまと預ける が、芋俵は転がされ、逆様に立て掛けられる。 なかなか客が帰らず、小僧と 女中のお清は寝られない。 話をしながら待っているが、腹が空く。 いいも のがある、芋俵だ。 生でも大丈夫、薄く切ったのが旨かった、動物園の熊の 檻の前で、食ったことがある。 怖いから、一緒に付いて来て。 俵に手を突 っ込んで取ればいい。 暖かい、焼き芋の俵か? へこむよ、腐っているのか な。 尻のあたりをさわられた松公、くすぐったくって、思わず「ブッー」と やる。 「ワァーッ、気の早いお芋だ、もうオナラをした」 台所鬼〆、なかなかの出来だった。

一之輔の「青菜」2012/07/02 02:54

 のそのそ出て来て、真打になりましたので、よろしく、と拍手をもらう。 涼 しいという言葉を使わずに、涼しさを歌った蜀山人の狂歌に「庭に水 新し畳  伊予簾(すだれ) 透綾縮(すきやちぢみ)に色白の髱(たぼ)」。 暑い方は 「西日さす九尺二間にふとっちょの背中(せな)で子が泣く 飯(まま)が焦 げつく」。 色白の髱の「たぼ」は美人のこと、客席を見回し、今日は「たぼ」 ばかり。

 一之輔は、仕事を早めに終えて、さぼっている植木屋に、後ろからいきなり 「ご精が出ますね」と、旦那が声をかけることにした。 「今、算段をしてい るところで…」と言い訳するのを、植木を整え、水を撒いてくれたから、渡る 風が涼しい、今一杯やっていたところだ、縁側で柳蔭をやらないか。 コップ ですか、使ったことがねえ、(通して見ると)旦那の顔がゆがんでいる、遠くの ものが近い。 いつも、受けるんですがね、これ。 早くお飲みなさい。 鯉 の洗い、白いんだ、黒くないんですね。 あれは、外套。 よく冷えてますね。  下に氷が敷いてある、酢味噌で。 これで五合飲める。 しゃきしゃきして、 うめえ。 淡白なものだ。 氷、一っかけ頂きます、ルルルルー、おでこに来 る、この氷は、よく冷えてますな。 菜はお好きか。 (ポンポン)これよ、 奥や。 旦那様、鞍馬から牛若丸が出でまして、菜は九郎判官。 義経にして おきな。 お客さんじゃないですか。 洒落ですか、笑った方がよかったです か? そら、即興の掛け合いだ。 お屋敷は、そういうことが出来るんですね、 ごチョウエキが違う、ご教育、ご懲役じゃあ、箪笥作ったりしなけりゃあなら ない。 奥様もおきれいな方、今小町で。

 家に帰った植木屋、「イワシ食え馬鹿!」と、タガメみたいな、獰猛な、あれ にそっくりなカカア、池の中にいて虫を両前肢でガチンと挟む(恰好をして)、 タガメ夫人。 お酒もちょうど、義経になりました、と徳利振って、垂れた酒 で顔を拭く。 尾頭付き、鰯の塩焼きで悪いかね、頭にはカルシウムが入って いるんだよ、犬は風邪を引かないだろ。 犬と一緒かよ。 犬の方が高く売れ るよ。 お前、鯉の洗い、なんて食ったことがないだろう。 この家に嫁に来 るまでは、食ってたよ。 お屋敷の奥様は、品の良い奥様だったぞ。 旦那様、 鞍馬から牛若丸が出でまして、菜は九郎判官。 何だい、呪いのまじないかい。  落雷の折、じゃない、来客の折、菜がないと言ったら、赤面の顔を赤くするん だ。 ちゃんちゃらおかしいね。 お前なんか、天井からぶら下がったって、 言えめえ。 私はコウモリじゃないよ。 あれ、やりてえな。 何言ってんだ い、明るい内から…。

 やりてえな、半公が歩いている、今日は小町になれ、小野の小町。 髪を長 く、ざんばらにして、渋団扇持って、次の間に下がれ。 ないよ、次の間。 押 し入れに。 パンパンのきっかけで、ドンと出ろ。

 ご精が出ますね。 さぼって、昼寝して、湯へ行ったところだ。 時に、植 木屋さん。 植木屋はお前、俺は建具屋だ。 酒? 浴びるほどだ。 今、ご 馳走しよう。 えッ、地震でもあるのかな。 縁側なんかないじゃないか、い きなり板の間だ。 大阪の友達? 東京にも友達いないくせに。 シャケの空 き缶か、ちゃんと洗ったんだろうな、油が浮くから、口が切れそうだ、「あけぼ の」か。 何、柳蔭? 当り前の酒じゃないか、お前、目が恐いね。 時に、 植木屋さん。 鰯の塩焼きはどうだ、かみさんが取ってきた、タガメの前肢で ガチンと挟んだ傷跡がある。 脂が乗っている。 菜の蒸したのはどうだ。 嫌 いだよ、小いせえ頃から青い物は食わねえ、いらないよ。 食えよ、何のため に酒や魚食わせてんだ、バカヤロ、菜はないけどな。 ポンポン、奥よ、これ よ。 旦那様…。 何これ、びっくりしたなあ、髪の毛ざんばらにして、汗か いて。 鞍馬から牛若丸が出でまして、菜は九郎判官義経。 ム、ム、ム、弁 慶にしておきな。

 誰もがご存知の「青菜」で、これだけ笑わせた一之輔、かなり腕を上げたと 言えるだろう。

桂平治の小佐田定雄作「幽霊の辻」2012/07/03 03:49

 桂平治、私以外は皆落語協会で、楽屋でいじめがひどい、扇遊は足袋を隠し たりする。 私も報復に、「巌流島」のあらすじと下げをしゃべります。 そん なことはしませんが。  たまに学校寄席というのに呼ばれる。 子供と年寄はなくならない。 この あいだは、裾野高校という所へ行った。 レベルは、中の下。 亡くなられた 三笠宮寛仁親王殿下が妃殿下と、お忍びで浅草演芸ホールにいらっしゃったこ とがある。 ボンボンブラザースに手を叩き、トリの米丸では居眠りをしてい た。 師匠の家の近くに豊島園があって、招待券を頂くから(当節は来ないけ れど)、師匠の孫を連れて、ハイドロポリスという所へ行ったものだ。 ウォー タースライダーや流れるプールがある。 遊園地にはお化け屋敷がある。 コ レ(小指を立てる)と行く、タガメじゃないのと。 手をつないできたりして、 生首が出たり、水をかけられたりすると、キャアキャア、抱きつく、首がドー ン、おっぱいもんだりする。 男は駄目、声が低い、股間をもんだり…。

 弱っちゃったね、今日中に堀越村って所へ届けなきゃならないのに、日が暮 れて来た。 明りが見えて、茶店が一軒、婆さんは、あした順子そっくり、ひ ろしはどうした。 婆さんは店を閉めようとしていたが、十年ぶりのお客様、 やってますよ、という。 堀越村は、どっちへ行ったらいいのかな。 案内を する、支度をするから、先に行って下さい。

 お日様が沈むのを、拝みましょ、と婆さん、あんたも拝むの。 夕日にキラ キラ光っている池は、水子池。 昔は貧しかった、赤さんが死んで生れて来る、 木の箱に入れ、池に行って流す。 誰も話さないけれど、誰もがやっていた。  夕方、脇を通ると、池の中から「おぎゃーあ」「遊ぼう」という声がする。 池 の中から小さな手が沢山に出て、引っ張り込む。 だから、あんた、そこを通 んなさい。

と、小佐田定雄作「幽霊の辻」になるのだが、桂平治、桂枝雀のビデオを見 過ぎたのではないか。 後ろ斜め上に手を上げる形などは、その典型だ、オー バーな仕種や騒ぎ方が、枝雀そっくりなのに、ちっともおかしくない。 すっ かり、すべってしまった。 枝雀だと、おかしさの中に、怖さもあったと思う のだが、怖いというより、暗いやりきれない感じだけが残ってしまった。 先 を書く気にもならない。

 私は本来、桂平治のとぼけた味が好きだ。 「松山鏡」など田舎の噺にも、 純朴な感じが生きていた。 今回、新作で、桂枝雀のネタだということと、9 月に11代目桂文治を襲名することが重なり、ハイテンションになり過ぎて、 すべってしまったのではないか。 と、愚考した。

扇遊「巌流島」のマクラ2012/07/04 02:17

 師匠の入船亭扇橋が中学の頃から俳句をやっていた人だから、一門の忘年会 は句会で、酒など飲んでいられない。 師匠に、天、地、人を選んでもらう。  句歴の長い師匠は、小三治、米朝、永六輔、小沢昭一さん達もいる東京やなぎ 句会の宗匠だ。

炭熾す前座は「足局」(かが)むことばかり

しあわせは玉葱の芽のうすみどり

さくらんぼ一つつまめば二つかな

 師匠が句に詠むのは、ごく当り前の、こうした日常のことが多い。 弟子の 私も、すごく素直だといわれていて、足袋など隠したりしませんよ、皆さん信 じているようだけれど…。 小三治師の句に〈煮凝りの身だけ除けてるアメリ カ人〉というのがある。 師匠に聞いたら、ドイツ人やフランス人では駄目、 アメリカ人でないとと言う…、よくわからない。 小沢昭一さんの句に、漢字 ばかりで〈校長満悦洋裁学校潮干狩〉、いかにも小沢さんらしい。

 扇橋の弟子の句は、忘年会の時にしか作らないから、冬の句ばかりになる。  俳句は季語が必要だが、川柳は穿(うが)ちや諧謔だと言って、志ん生が「巌 流島」のマクラでやっていた「さァ事だ」の付け句を引いた。

さァ事だ、研屋(とぎや)の親父気が違い

さァ事だ、下女鉢巻を腹に締め

さァ事だ、馬の小便(しょんべん)渡し舟

 それで、「巌流島」の本題に入る。

扇遊の「巌流島」本篇2012/07/05 04:38

 「巌流島」、武蔵と小次郎の決闘の場所だが、落語だと普通は「岸柳島」と書 く。 厩橋が御厩(おんまや)の渡しといった頃の噺である。 もう出ようと いう渡し舟に、若い侍が乱暴に乗り込んで来る。 「どけどけ、町人の分際で、 人間の顔をしおって…」、年の頃は26、7、鰐口で、エラが張った顔、額に面摺 れの跡があり、朱鞘の大小を差している。 舟が出ると、煙草を吸い、舟べり で火玉をはらったら、雁首が取れて、ボコボコッと川に沈んだ。 侍は止めろ と騒ぐが、船頭は漕ぎ続け、このあたりは流れが急で、泥深い、お諦めを願い ますと言う。 侍は真っ赤な顔で唸っているが、乗っている連中は皆、腹ん中 でウフフフフ。 そこへ屑屋がしゃしゃり出て、吸い口の方を値よく払い下げ ていただけませんか、と持ちかける。 後家同士で、商売になることがあるの で、値よく頂きます「屑――イ」とやったので、侍が怒った。 勘弁ならん、 手討ちにする、その方の雁首を落としてくれん。 周りの連中、屑屋だけにボ ロを出したな、と。

 艫(とも)の方にいた、65、6の、中間に槍を持たせた、本所方の御旗本が、 しばらく、しばらくと、割って入る。 屑屋に詫び言をなさいと言い、貴殿も 許してやりなされ、勘弁してやりなされ、年嵩ゆえお止め申す、身共も屑屋に 成り代わって、お詫び申すと言うが、若侍は聞かない。 屑屋に成り代わるの であれば、真剣勝負の御立ち合いをなさるのが筋。 迷惑千万な話、望むとこ ろではないが、お相手致そう。

 若侍が、舟を元の岸へ戻せと、舳(みよし)に足をかけて立ったところは、 出来損ないの菊人形。 胴の間にすっくと立った老武士は、背も高くなり、ま るで舟から生えた様。 桟橋に着こうとすると、はやる若侍は飛び上がる。 老 体は、槍の石突きで、舟を押したので、若侍だけが岸に取り残された。 馬鹿 者にかまっちゃあいられねえ、そういうことですか、本当に強いってのはこう いうことだ、と舟の連中。 そういえば、あの侍、よく見ると、影が薄い、面 白くねえ奴だ、何か言ってやれ。 やい、泳げないんだろう、この宵越しの天 婦羅、揚りっぱなし。

 若侍、着物を脱いで、下帯に小刀を挟むと、ザブンと飛び込む。 水練に長 けていると見え、姿が見えなくなり、5、6間先にブクブクと泡が上がった。 そ のほう、水中をくぐって、舟底に穴を開けに参ったか。 なあに、さっき落と した雁首を探しに来た。