車谷長吉さんの俳句2012/07/27 00:47

 〔女医さん〕という一篇が、車谷長吉さんの『妖談』にある。 木川田は東 京千代田区に本社のある明治時代創業のインキ製造会社の広報室に勤めている。  三十九歳、独身、遺伝性の疾病に子供の頃から苦しんで来たので、自分の子は つくらないと高校生の時分から決心していた。 ある日、人事部長の藤山に、 社内の喫茶室へ呼ばれた。

 「藤山は酒と俳句が好きで、時々、自作の俳句を読んでくれと言うて、居酒 屋に誘ってくれる。十句に一句ぐらいしか、いい句はない。けれども木川田は そういうことは、口にしたことはない。口にすれば、かならず問題が起こるの である。木川田は時々、俳句雑誌に投句をする。すると十句のうち、いつも八 句ぐらいが活字になる。藤山はそれが羨ましいのである。自分も投句するが、 一度も取り上げられたことがない。こういう具合に差がつくところに、人間の 最大の不幸がある。木川田は不治の病いを抱えているので、真剣さが違うので ある。」

 『妖談』巻末の「車谷長吉著作一覧」に、句集が何冊かある。 『車谷長吉 句集』(沖積舎)、『車谷長吉句集』(沖積舎)改訂増補版、句集『蜘蛛の巣』(湯 川書房)百部限定、『句集 蜘蛛の巣』(沖積舎)改訂増補版。 インターネット で検索したら、『業柱抱き』(新潮社)という本にも、俳句があるらしい。 手 軽に検索で知った車谷長吉俳句を、数句引いておく。(「夕立ち」「寝巻き」「野 分き」の表記に疑問があるが、検索のままにした。)

雨だれに抜け歯うづめる五月闇

 播州飾磨川

女知り青蘆原に身を沈む

墓石に猫寝る昼や夏木立

目高喰ふ水かまきりを手ですくひ

職を捨て夕立ち道を逢ひに行く

夏帽子頭の中に崖ありて

寝巻き乾す播州平野に野分きかな

わが嫁が鬘買ひたし秋暑し

秋の蠅忘れたきこと思ひ出す

幻に憑かれしままに秋の声

名月や石を蹴り蹴りあの世まで

頭の中の崖に咲く石蕗の花

こぞことし煩悩さする耳の垢