宮本三郎と藤田嗣治の戦争画2012/08/31 02:19

 『宮本三郎クロニクル 1922⇒1974』展に、一枚の戦争画がある。 1943(昭 和18)年の《飢渇》という作品だ。 荷物を背負い、左手を負傷して首から吊 った鉄兜の兵士、後ろには乗ってきた自転車らしいものが倒れている。 右手 をついて、今まさに池か小川の水を飲もうとしている。 水に映った顔には苦 悶の表情が浮かんでいる。 戦争画といっても、明らかに、戦争の遂行に協力 して、銃後の士気を高める種類の絵ではない。

宮本三郎には、よく知られた戦争画の傑作、シンガポール陥落を描いた《山 下、パーシバル両司令官会見図》1942(昭和17)年がある。 そのデッサン 力を買われて従軍画家となった宮本三郎は、軍の要請を受けて描いたこの大群 衆画面の成功で、一躍その名を知られることになった。 しかし、そのために 戦後は非難を受けることにもなるのだが、《飢渇》のような、明らかに反戦的な 絵も描いていたのであった。

26日のNHK「日曜美術館」は、藤田嗣治の戦争画の問題を取り上げていた。  藤田嗣治もまた宮本三郎と同じ体験、いや宮本以上の苦しい体験をしていたの だ。 藤田は東京美術学校卒業後、渡仏、東洋的な線描と独特のマチエールの 裸婦像や猫の絵によって、エコール-ド-パリで頭角を現し、日本人画家として 最も有名になる。 戦争が始まり帰国、画家たちの先頭に立って戦争画に邁進 する。 国民を鼓舞するためという陸軍の要請を受けて、200号の大画面に写 実的な大作をぞくぞくと描く。 1938(昭和13年)の飛行隊の絵に始まり、 1939(昭和14)年のノモンハン事件も《哈爾哈(ハルハ)河畔之戦闘》とい う作品に、緑の草原で敵の戦車を攻撃している日本兵を明るく描いている(戦 死者の姿などはない)。 銃後の士気を高揚させるため、《十二月八日の真珠湾》 《シンガポール最後の日》《血戦ガダルカナル》など、「絵画が御国に役立つ果 報」と、学んだ西洋画の技法で西洋に対抗する意識もあり、アトリエに籠って 集中し、熱心に、ものすごい速さで描いた。 100余点、スケッチを含めると 数百点に及ぶという。 戦争中の画家は皆、戦争協力をさせられたわけだが、 藤田は陸軍美術協会理事長としてその先頭に立っていたこともあり、戦後、こ の戦争協力の罪を強く非難され、傷心のまま日本を去って、1955(昭和30) 年にはフランス国籍を取得し、1959(昭和34)年にはカトリックの洗礼を受 けてレオナール・フジタとなり、1968(昭和43)年に亡くなる。

その藤田嗣治にも、実は反戦的とも言える戦争画があった。 その話は、ま た明日。

小人閑居日記 2012年8月 INDEX2012/08/31 10:03

5541 一朝の「芝居の喧嘩」後半<小人閑居日記 2012. 8. 1.>

5542 歌武蔵の「馬のす」<小人閑居日記 2012. 8. 2.>

5543 市馬の「船徳」<小人閑居日記 2012. 8. 3.>

5544 ケア・マネージャーという仕事<小人閑居日記 2012. 8. 4.>

5545 京都六道の辻に『空也上人がいた』<小人閑居日記 2012. 8. 5.>

5546 新宿の雑踏に、その人はいた<小人閑居日記 2012. 8. 6.>

5547 慶應庭球部と、熊谷一弥、原田武一<小人閑居日記 2012. 8. 7.>

5548 ホテルオークラ「日本絵画の巨匠たち」展<小人閑居日記 2012. 8. 8.>

5549 「ふるさとアンテナショップめぐり2012」<小人閑居日記 2012. 8. 9.>

5550 平原綾香と一青窈の「マチウタ東京」<小人閑居日記 2012. 8. 10.>

5551 不思議な名前、一青窈(ひとと・よう)<小人閑居日記 2012. 8. 11.>

5552 私の名前「紘」の意味、「絋」との違い<小人閑居日記 2012. 8. 12.>

5553 笠耐さんの「兄、檀一雄の思い出」<小人閑居日記 2012. 8. 13.>

5554 檀一雄の子供達と、『火宅の人』の発端<小人閑居日記 2012. 8. 14.>

5555 『火宅の人』の出来事<小人閑居日記 2012. 8. 15.>

5556 檀、「ダン」という響きの人<小人閑居日記 2012. 8. 16.>

5557 『檀』の「檀ふみ」<小人閑居日記 2012. 8. 17.>

5558 英連合王国のサッカー統一チーム<小人閑居日記 2012. 8. 18.>

5559 ロンドン五輪・サッカー会場の話<小人閑居日記 2012. 8. 19.>

5560 「戦国最強のツンデレ姫」立花ギン千代と宗茂<小人閑居日記 2012. 8. 20.>

5561 「沈黙の風景~松本竣介 ひとりぼっちの闘い~」<小人閑居日記 2012. 8. 21.>

5562 松本竣介、36年の生涯<小人閑居日記 2012. 8. 22.>

5563 筒井康隆さんの朝日新聞連載『聖痕』で勉強<小人閑居日記 2012. 8. 23.>

5564 絶入(せつじゅ)と六義園(むくさえん)<小人閑居日記 2012. 8. 24.>

短信 5565 「元祖 下町タワー」の設計者<等々力短信 第1038号 2012. 8.25.>

5566 そのものを失った物語<小人閑居日記 2012. 8. 25.>

5567 「エロイーズとアベラール」<小人閑居日記 2012. 8. 26.>

5568 代官山の蔦屋書店を見学<小人閑居日記 2012. 8. 27.>

5570 近くの美術館で「古今亭菊六独演会」<小人閑居日記 2012. 8. 28.>

5571 古今亭菊六の「天狗裁き」<小人閑居日記 2012. 8. 29.>

5572  『宮本三郎クロニクル 1922⇒1974』展<小人閑居日記 2012. 8.30.>

5573 宮本三郎と藤田嗣治の戦争画<小人閑居日記 2012. 8. 31.>