季題「冴ゆる」について2013/01/20 07:29

「冴ゆる」と「羽子板」の句会で、当番だったので季題「冴ゆる」について 報告した。 配ったプリント(縦書き)を、そのまま紹介する。 発表後、児 玉和子さんから、「冴ゆ」とすべきところを、虚子編『新歳時記』ではなぜ「冴 ゆる」と連体形で立項されているのかという質問があった。 私にわかるはず もなかったが、「夏潮」ホームページのブログ「汐まねき」で、本井英主宰が「確 かに不思議、「冴ゆ」としたいところ」とコメントされている。

「冴ゆる」     「夏潮」渋谷句会 2013・1・10  馬場紘二

(1)諸橋轍次『大漢和辞典』(大修館書店)  「冴(コ)」…「冱(コ・ゴ)」の譌字(カジ)。 白川静『字通』(平凡社)に よれば「冴(ゴ)」、「譌」(カ・いつわる)=「訛」(カ・ガ・いつわる・あやま る)の正字。  別の季題に「冱(い)つる」というのがある、寒気にあって凝結することで、 「凍(こお)る」と同じ意。傍題に「凍(いて)」。 本来は、この字が正しい ことになる。

(2)「さ・える【冴・冱】」『日本国語大辞典』(小学館) 1.しんしんと冷える。冷え込む。《季・冬》 2.光、音、色などが、冷たく 感じるほど澄む。また、まじりけがないものとしてはっきりと感じられる。澄 みきる。《季・冬》  3.気持が純粋で澄みきる。 4.目や頭の働き、神経、 気持などがはっきりする。 5.技術があざやかである。未熟な点がなく、す ぐれている。水ぎわ立つ。 6.にぎやかである。はなやかである。興に乗る。 7.(6が打消の語を伴って用いられ)気持が盛り上がらない。すっきりしない。 また、気がめいるようである。ぱっとしない。物足りない。

(3)『ホトトギス新歳時記』第三版  「寒いとか冷えるなどの意味であるが、さらに凛とした寒さの感じがある。 《風冴ゆる》は乾いた、刺すような寒さの風、《鐘冴ゆる》は厳しい寒さに鐘の 音が凍てつくように感じられるのをいう。《月冴ゆる》。」

(4)石田波郷、志摩芳次郎編『新訂 現代俳句歳時記』(主婦と生活社)  「冴ゆ」で出ている。 「冴ゆは、寒(さむ)・冷(さ)むに通じ、冷(ひ) ゆ、凍る、寒気に澄む、清く澄む、音が澄み徹る、色がさやか、気が澄んです るどい、手ぎわがするどいなどいろいろな意味がある。俳句では寒さがいっそ うきわまった、冷厳といった意味に用いる。《月冴ゆる》《冴ゆる夜》《音冴ゆる》 など用い方は多い。《冴返る》といえば春である。」

(5)「冴返る」は、春の季題。 「冴返る」…「少し暖かくなりかけたと思う間もなく、また寒さがぶり返して 来ることをいう。」(『ホトトギス新歳時記』) 「冱(いて)返る」「凍(いて) 返る」という季題もある。 「返る」の意味のうち、「もとの状態にもどる」こ とに使われていて、「はなはだしいさま」を表わすのではないらしい。

中天に月冴えんとしてかゝる雲       高浜虚子

柊家の忍返しに月冴え来          京極杞陽

おもざしのさえるまなざしにくみゐる    石原八束

風冴えて魚の腹さく女の手         石橋秀野

島泊り昴落ちさう冴えにけり        阿波野青畝

冬冴えのレールや鳩の拾ひ食ひ       平畑静塔

暮れ残る豆腐屋の笛冴えゞゝと       中村草田男

冴ゆる灯や獄出ても誦む東歌        秋元不死男

新聞なれば遺影小さく冴えたりき      石田波郷

冴ゆる夜のこゝろの底にふるゝもの     久保田万太郎

忍(しのび)返し…塀などの上にとがった竹・木・鉄などをつらね立てた設 備。盗賊などの忍び入るのをふせぐためのもの。矢切(やぎり)。

 (ゞゝ…実際は、「く」のお父っつあんみたいな記号(踊り字)「\/」に濁 点。)