正蔵の「たちきり」後半2014/07/04 06:30

 ご両親がお待ち兼ねです、お風呂にお入りになって、床屋も呼んでおります から。 手紙が来て、お預かりしております。 文遣いが行列して、小僧を一 人、係につけるほどでして。 八十日で来なくなりました。 百日来れば、大 旦那に申し上げようかと思っておりましたが…。 これが一番終いに来た手紙 です。 お読み下さい。 字は、乱れに乱れて、「今生にては、お目にかかれず 候、かしく」。 <釣り針のようなかしくで客を釣り>。

 湯島の天神様に願掛けをした、親に会う前にと願掛けしたので、御礼参りに 行きたい。 こざっぱりとしたなりで、小僧を一人供に付け、お賽銭お持ちを。  一丁過ぎると、パッと駆け出し、小僧をまいて、芸者置屋の前へ。

 誰かいるかい。 いらっしゃいまし。 会わせておくれ、小雪に。 おかあ さん、あの若旦那です。 おかあさん、ご無沙汰、一目でいいから会いたい。  小雪はいるかい。 ウチにおります、こちらへ。 仏壇だなんて、縁起でもな い。 位牌を見る、釈○○ 俗名 小雪。 嘘だろ。 何で死んだ、どうして死 んだ。 あなたが殺したと言いたくなる。 あの日も、若旦那とお芝居のお約 束で、寝ませんでした。 夜が明けたばかりからお化粧をして、着物を選んで。  でも、あなたのお見えがありません。 昼になって、母さん、私、若旦那にお 手紙書いてもいいかしらって…。 手紙、私、とめました。 色町から日本橋 の大店へ。 箱屋の辰っつあんが届けて。 毎日、毎日。 朋輩衆が私たちも 書くと、ずらずらと並んで、置屋が寺子屋のよう。 その内に、小雪、手紙 が書けなくなった。 誂えて下さった三味線が届きました。 若旦那と小雪の 紋が、比翼になっていて。 本調子、お仲が身体を支えて、一節しか弾けませ んでした。 百日の間、蔵の中に入れられていたんだ。

 今日は、ちょうど三七日(みなのか)の命日。 三味線をお供えしておくれ。  若旦那、お線香を。 一杯、召し上がって行って下さい。 どうぞ、一口。 朋 輩衆も、やって来る。 お母さん、遅くなりました。 小雪、もらうよ。  チントンシャン(三味線が鳴り出す)。 母さん、三味線が…。 一中節の紙 治(紙屋治兵衛、「小春髪結・黒髪」)だわ。 ♪さりとは狭きご料簡、死んで 花実が咲くかいな。 恋という字に、二つはない。 女房と名のつく者は、生 涯持ちやしない。 成仏しておくれ。 ピン(三味線の音が止む)。 小雪、小 雪、小雪……、もっと弾いておくれ。 若旦那、ちょうど線香がたちきれまし た。

 日頃正蔵に点の辛い友人も、感じ入ったようだった。 正蔵、古典落語路線 を押しに押して来たが、一定の境地に達したように思われた。