『福沢全集』件名索引〔昔、書いた福沢45〕 ― 2019/03/26 07:10
『福沢全集』件名索引<等々力短信 第494号 1989.(平成元年).4.25.>
へんな言い方だが、索引が好きである。 まず、その科学的なところが、好 きだ。 さらに、こじつけて考えてみると、索引の秘めている善意が、伝わっ てくるということがあるのかもしれない。 索引をつくるのには、大変な手間 がかかる。 もっぱら利用者の便利のためを考えて営々と作業を積み重ねるわ けだから、索引は、不特定多数の他人の、将来の幸せを願う、崇高な犠牲的精 神の産物だということもできるのである。
等々力短信でも、折にふれて索引のことを取り上げている。 ずぱり「索引 のない本は目のない巨人」という題で、百科事典をまず索引から引く常道にふ れ、夏目漱石全集や小泉信三全集の総索引に一応ご相談申し上げると、しばし ば有益な情報が得られることも紹介した。 最近では桑原三郎先生の『福沢先 生百話』の、親切な事項索引のことを書いた。 今度、司馬遼太郎さんの『街 道をゆく 人名・地名録』を繰っていて、前から時々頭の隅に浮んでは消える、 あの構想がまた、ふくらんできた。 それは『福沢諭吉全集』の「件名索引」、 さらには『福沢諭吉事典』が、ほしいということである。
『福沢諭吉全集』には、第21巻に「福沢諭吉著作索引」「書名索引」「人名 索引」の三つはあるが、「件名索引」がない。 富田正文先生の同巻後記による と、カードにはとったものの、分量がはなはだ厖大でとうていこの巻には収ま り切らないので、やむを得ず割愛したという。 これは惜しい。 例えば、よ く問題になる『脱亜論』に関連して、福沢が「脱亜入欧」のスローガンを唱え たとたびたび非難されるのだけれど、福沢が「脱亜」という言葉を使ったのは、 この時事新報の社説の題目一度だけで、「入欧」という言葉を福沢は使っていな いそうだ。 これは丸山真男さんの精密な研究によって、私たちの財産になっ ている知識なのだが、件名索引さえあれば容易に証明できることだろう。
たまたま『三田評論』4月号で、太田次男名誉教授が「『福沢諭吉全集』の次 にあるべきもの」の題で、『福沢語彙』の作成を提唱しておられる。 コンピュ ーターの使用によって、索引作成作業が昔とはくらべものにならないほど、短 時間で可能なことも指摘されている。 慶應の図書館学科は、日本でのこの学 問のメッカになっていると承知している。 理工学部にはコンピューターの専 門家もたくさんおられよう。 福沢研究の諸機関との学際的な共同作業が、な ぜできないのか。 太田教授の「これまでどうして作成されないでいるのか不 思議」という意見に、まったく同感である。
(註・そして2010(平成22)年12月25日になって、慶應義塾150年史資料 集 別巻1として『福澤諭吉事典』が刊行され、私は「等々力短信」第1019号 2011(平成23).1.25.「『福澤諭吉事典』を喜ぶ」を書いたのであった。)
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