家康築城時の江戸城、最古級絵図の新発見2020/06/05 06:58

 90歳になられたと承知する俵元昭さんから、長文のお手紙を頂戴した。 近 くは「等々力短信」第1103号(2018.1.25.)「俵元昭さんと「石州神楽」研究 賞創設」に登場して頂いたが、第1002号(2009.8.25.)ではご著書『江戸の地 図屋さん 販売競争の舞台裏』(吉川弘文館・2003年)を紹介した。

お手紙には二つのトピックスがあって、その一つは『江戸の地図屋さん』で 1020点の全江戸地図を解明した中で、唯一点その存在が不可思議な慶長江戸図 (別本、十三年図とも)を残していたけれど、今年1月に至って、その正体が 明らかになったというのだった。 先年、旧松江城保存の「江戸ハジメ図」な るものが発見された。 この図が民間に流布せず、旧藩庫でだけ発見されたの は、幕府が内部作成で藩に「お手伝い」を発令した附属文書ではないか、と気 づいた。 というのは、旧幕府の普請方甲良家の文書に類図があり、先年、重 要文化財に指定されていたからだ。 江戸図研究中、30年来の不審は、江戸幕 府普請方からの唯一点の流失図であることが確定した、というのだ。

 お手紙を読んだ私は、ネットを検索してみた。 「江戸ハジメ図」では、松 江歴史館が平成29年2月17日から3月15日まで「江戸始図」を初公開した 折の、「謎に包まれた家康築城時の江戸城を描いた最古級絵図の新発見」という 配布資料が出て来た。 近世江戸城を詳細に描いた最古の絵図は、慶長12-14 (1607-09)年ごろの江戸城を描いたとされる東京都立中央図書館所蔵の「慶 長江戸絵図」だが、今回、新発見した「江戸始図」も、同じく慶長12-14(1607 -09)年ごろの江戸城を描いた最古級の絵図であることが明らかになったとい う。 そして、最近テレビでおなじみの、城郭考古学者の千田(せんだ)嘉博 奈良大学教授の調査報告が付いている。

 近世江戸城は改修が繰り返されるなど、徳川家康が慶長8-19(1603-14) 年にかけて築いた創築期の江戸城の詳細は謎に包まれている。 それが、この 「江戸始図」によって、江戸城中心部の詳細(縄張り・城の平面設計)を初め て的確に把握できるなど、画期的な資料であることが分かった。 「江戸始図」 は、記載の大名・旗本の名前や官職から、慶長12-14(1607-09)年ごろの 江戸城を描いたと比定される(徳川美術館・原史彦氏の分析による)。 上記の 東京都立中央図書館所蔵の「慶長江戸絵図」と同じく近世江戸城を詳細に描く 最古級の絵図である。

 「江戸始図」発見の意義は、「江戸始図」が「慶長江戸絵図」よりも描写が正 確で、石垣や堀、城の出入口などの城郭構造を細部まで明快に描いているので、 徳川家康が築いた江戸城中心部の詳細を、はじめて的確に把握できるようにな ったことだという。 「江戸始図」で明らかになったことは、(1)家康の江戸 城は本丸に詰丸(天守曲輪)を備えて姫路城のようになっていた、(2)江戸城 本丸の南側に、強力な軍事機能を発揮した連続外枡形があった。 まとめ、「江 戸始図」によって、家康の慶長期江戸城は戦いを意識した強力な要塞機能を最 大限に備えた当時最強の城であったことが明らかになった、と千田嘉博教授は 結論している。