轟亭の小人閑居日記 　　　馬場紘二

　つい最近「中村是公邸」だったか「中村是公旧邸」だったかが入った地図を 見た。　けれど、それが何の、どの辺の地図だったか、どうしても思い出せな い。　たしか同じ名前の俳優もいたが、この中村是公（ぜこう）は夏目漱石の 友達である。　それで名前は知っていた。

　まず『漱石全集』の「書簡集」を見れば、住所が出ているだろう、と思った。　 ところが、不思議なことに中村是公宛の書簡はなかった。　それで十七巻「索 引」の「固有名詞」にあたる。　「中村是公の家」「中村の家」「是公の家」「是 公の宅」「是公の邸」といろいろ出ていた。　明治42年8月6日の日記に、「飯 倉の満鉄支社、是公に逢ふ。建物立派なり。それから公園の是公の邸に行って 湯に入る。茶がかったよき家なり」とあった。　明治45年６月23日の日記に は「芝の是公の家」とあるから、中村是公の邸は芝公園にあったらしい。　そ こまで来ても、まだ問題の地図のことは、思い出せない。　ボケてきたか。

　漱石がなぜ明治42年8月6日に飯倉の満鉄支社に中村是公を訪ねたか、と いえば、当時中村是公は満鉄、南満州鉄道株式会社の総裁で、漱石はまもなく 是公との縁で満州旅行をすることになっていたのである。　「満韓ところどこ ろ」に描かれる旅だ。