落ちこぼれだった酒井雄哉さん2008/02/14 07:57

 天台宗大阿闍梨・酒井雄哉さんは、ずっと落ちこぼれだった、そうだ。 「小 学校は中途半端で卒業。中学は学力足んなくて落っこっちゃった。しょうがな いから慶應義塾商業の夜学に入れてもらったけど、案の定、落第してさ。戦争 が激しくなって学校もいつなくなるかっていう状態になった。学校は「卒業さ せてやりたいが、逆立ちさしたって点数が足りない。軍隊に入って入隊の証明 書を送れば卒業と認める」っていうの。学徒出陣なんかの後にできた制度かな。 そいで兵隊にいったんだ」

 鹿児島鹿屋の特攻隊基地で、優秀な友達が特攻で死んでいった中、「落第生だ から、うろうろしているうち」に終戦。 他に仕事が出来たので勤められない と、父親の分を断わりに行った大学の図書館が、代りに採用してくれた。 だ が、すぐ図書館へ行くのをやめちゃって、朝8時に三鷹駅から電車に乗って、 ぶらぶらして夕方5時になったら家に帰っていた。 お金が尽きて電車に乗れ なくなると、朝から夕方まで、ずっーと歩いて、ただとっことっこ、とっこと っこ、月島あたりまで行って、三鷹まで帰って来ると、夕方の5時になる。 そ れから30年もして、千日回峰行の京都大回りで一日84キロを歩いていて、東 京を歩いていたことを思い出す。 「仏さんがちゃーんと道しるべを与えてく れてたんだって。東京の街をぐるーっと練習さしてくれてたんだって。だから、 おれはちっとも変わってないんだな、同じことをくるくるくるくる繰り返して んだなって」

 荻窪の駅前でラーメン屋をやっていたこともあるがダメで、40歳近くなって フラフラしていたら、伯母が見かねて「お参りでもしてこい」って、比叡山に 連れて行ってくれた。 気持ちのいいところだなあと思った。 足が山に向く ようになって、ちょくちょく行くようになり、話を聞いたり、お寺の手伝いな んかするうちに、「坊さんになれ」って言われて、「なれんですか?」って聞い たら「なれるよ」って。 それでなっちゃった。 「今まで何をやってもうま くいかなかったのに、仏さんの世界に来たら、いちおう順調にいろんなこと動 き出したわけだ」