ロシア語の手紙と一葉の写真2008/03/29 07:43

 谷村志穂さんの『黒髪』に戻る。 61歳の小杉りえだが、ずっと生い立ちに 疑問を持っていた。 同級生の中では誰よりも早く胸が膨らみ、黄色味がかっ た体毛がもじゃもじゃ生え、瞳の色はしだいに緑の輝きを帯びてきて、父にも 母にもまるで似ていなかった。 鉤鼻で、孫たちは「銀色巻き毛のおばあちゃ ん」と呼んでいた。 長女が結婚した時、祝いに欲しがった母(長女の祖母) のチェストがあった。 その一番上の引き出しから油紙に包まれ、麻紐で結ば れて出て来たという、三通のロシア語の手紙と一葉の写真が、送られてくる。  巻き毛の赤ん坊を抱いた〈セルゲイ1941〉という写真を見た瞬間、この人は母 だ、と、りえは感じる。

手紙の宛名をたよりに、函館での探索が始まる。 函館市役所の国際交流課 が、かつて函館に住んでいた外国人の詳細な調査を進めていた。 セルゲイは、 布地や衣服の貿易をやり洋品店を営んでいた白系ロシア人ドミトリー・ベレゾ フスキーの次男として、1941(昭和16)年に函館船見町で生まれていた。 自 分に似て目のぎょろりとした日本人らしい、写真の女性のことは、わからなか った。 手紙の宛名は、船見町のSAWAだった。

小説は、小杉りえの探索と平行する形で、1930(大正5)年、森の大工の娘 15歳の高田さわがベレゾフスキー家の手伝いにやってきてからの話を進行さ せる。 母と娘の物語、過去と現在が行き交う、この構成が絶妙だ。

 1930(大正5)年に15歳ということは、1915(大正4)年生れの私の母親 と同い年ということになる。 写真のセルゲイが生まれた1941(昭和16)年 は、まさに私の生まれた年であった。