木村伊兵衛の戦後写真の中に2009/12/12 06:51

 「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン―東洋と西洋のまなざし」 を見てきたので、本棚から『木村伊兵衛 昭和を写す 2 よみがえる都市』田 沼武能編(ちくま文庫)をひっぱり出した。 全4冊の内、2だけ買ったのは、 表紙にもなっている一枚の写真のためだ。 昭和23(1948)年8月1日、両 国の川開きが戦後再開されたその日、老若男女が沢山のダルマ船にあふれんば かりに乗っている「両国花火」の写真である。 その日、小学一年生の私も、 父の会社の人々と一緒に、神田川のおそらく浅草橋のあたりで船に乗り、柳橋 から隅田川へ出ようとしていた。 しかし、木村伊兵衛の写真にあるように、 すずなりの人々を乗せた船、船、舟、舟…で、神田川は大渋滞、ついに隅田川 には出られなかったように憶えている。

 この文庫本には、東京都写真美術館に展示されていた写真も何枚かある。  「本郷森川町」(昭和28.4.7)…岩田助産所とある電柱、MORIKAWA POLICE BOXという看板の交番と洋館の前に、警官と鉢巻の男二人がいて、風呂敷包み を小脇にかかえソフト帽に黒いコートのステッキを持った男と、子どもをおぶ った割烹着のおばさんが通り、子どもたちが遊んでいる。 「隅田川」(昭和 27.10.4)…画面の上三分の一ほどの中央に、四本のうち二本から煙の出ている 「お化け煙突」があり、川面の広くとった前景に、それと空とが映りこんでい る。 「上野公園」(昭和31.4.7)…花見時、後の芝生には花の下に車座にな った人々がいくつかあり、手前のベンチで白い顎鬚に眼鏡、白髪や頭の禿げた 三人の老人が、瓢箪からの酒を酌み交わしている。

 展覧会になかった写真。 銀座4丁目尾張町の交差点では、MPと警官がゼ ブラ模様の台に乗って、交通整理をしている(昭和22.11.16)。 下に川が流 れていた頃の数寄屋橋(昭和29.4.20)、そしてそれを埋め立て、屋上に道路の ある西銀座デパートが建設中の写真(昭和31.10.19)もある。 西銀座デパー トの横に民家があり、犬が寝そべっている「有楽町」(昭和42.6.18)は、私が 勤めていた銀行に通った道だった。 それらの戦争直後の東京の風景の中に、 まぎれもなく、その空気を吸っていた自分がいる。