『福翁自伝』「心の養生法」と緒方塾物語2011/11/12 01:47

 松沢弘陽さんが『福翁自伝』を読みなおしに、松崎欣一・竹田行之両氏の示 唆が有用だったとしたのは、(1)福沢の「心の養生法」、(2)緒方塾物語、の二点 である。 (1) 福沢の「心の養生法」「事を為すに極端を想像す」―“独立”の哲学。 『福翁自伝』「老余の半生」は、よく言われるような満足し切った成功物語、 ハッピーエンドではない。 人間にとって“独立”とは何かの総括(心情)だ。  福沢はたびたび挫折を経験したことがあり、1. 企ての始めにおいて挫折を覚悟。  「浮世の戯れ」「浮世の事を軽く視る」…現在の社会の活動を相対化。 「安心 決定」…“独立”について考えて来た福沢の結論、“宗教”である。 難しい問 題で苦しむ中で、何かの機会にとるべき正しい態度に思いいたり、迷いや不安 が吹っ切れる経験を示している。 2. 究極の挫折・挫折の原型としての死。 死 をそう考えて、そのほかのさまざまな挫折を受け止める。 「暗殺の心配」… 『福翁自伝』のほんの20数年前、江戸市中全般、無政府状態、暴力による死 の怖れが、幕末から明治6、7年まで11年間ほど続いた。 それは福沢の生涯 を通しての、生きた体験だった。 同世代が死んでいき、自分もまもなく死ぬ だろう。

 (2)緒方塾物語。 『福翁自伝』で一番面白い、旧制の寮生活を思わせるとい われる「大阪修業」「緒方の塾風」をよみなおすと、“緒方塾物語”に「老先生」 福沢の慶應義塾を読み取る。 面白いのは表のメッセージで、裏には慶應義塾 の現状を憂うるメッセージがある。 “緒方塾物語”の結びは「目的なしの勉 強」だ。 それを書いたのと同時期、明治31年1月28日の演説(『慶應義塾 学報』1『福澤諭吉全集』19)で、塾生に対する細かい批判を述べている。 「大 きな志」に背く奢侈に危機を感じ、豪農層の子弟が親の送ってくれた小作料の 上がりで、洋服のお洒落等するのを密告せい、と。 『学報』同号のYS生「一 月二九日」も、学生の側からそれを裏付け、父兄の命で入学し、浮ついて軽薄、 勉強をしない、と。 福沢はその苦いメッセージを、是が非でも学生に知って もらいたいとは思わなかった。 わかる者には、わかってほしいというところ に、福沢のやさしさと、浮世を軽く視る哲学もあった。